2018年05月01日

『万葉集』を訓(よ)む(その1266)

 今回は、934番歌を訓む。題詞に「反歌一首」とあって、933番歌(以下、「長歌」という)の反歌である。
写本に異同はなく、原文は次の通り。

  朝名寸二 梶音所聞 
  三食津國 野嶋乃海子乃 
  船二四有良信

 1句「朝名寸二」は「朝(あさ)なぎ[凪]に」と訓む。この句は、509番歌29句・931番歌5句と同句。「朝名寸」は「朝(あさ)なぎ[凪]」。「名」「寸」は、「な」「き(甲類)」の常用訓仮名。ここでは「寸」を「ぎ」に流用したもの。「朝凪」は「朝、陸風と海風が吹き変わる時の現象で、海辺の風が一時止まること。」をいう。「二」はニ音の音仮名(片仮名の字源)で、時間を指定する格助詞「に」。
 2句「梶音所聞」は「梶(かぢ)の音(おと)聞(き)こゆ」と訓む。この句は、930番歌5句と同句。「梶音」は、509番歌32句の「梶之聲」を「梶(かぢ)の聲(おと)」と訓んだのと同じく、「梶(かぢ)の音(おと)」と訓む。「梶(かぢ)」は、船を漕ぐのにもちいる道具で、「櫓」や「櫂」の総称。「音(おと)」は、「楫(かじ)などの無生(無情)物の発する音響。衝撃・摩擦によるひびき。」をいう。「所聞」(238番歌他に既出)は、ヤ行下二段活用の自動詞「きこゆ」の終止形「聞(き)こゆ」。「きこゆ」は、動詞「きく(聞)」に、受身・自発の古い助動詞「ゆ」の付いた「聞かゆ」からできた語。「所聞」というのは漢文的表記で、受身を表す漢文の助字「所」を受身の助動詞「ゆ」にあてたもの。
 3句「三食津國」は「み食(け)つ國(くに)」と訓む。この句は、「長歌」の9句「御食都國」と表記は異なるが同句で「み食(け)つ國(くに)」と訓む。「み食(け)」は、「神や天皇など身分の高い人の食事」の意。「み」の表記を「御」ではなく、「み(甲類)」の常用訓仮名の「三」に変えているのは、この歌が、表記に数字遊びを取り入れているためである。そのことは、一句の格助詞「に」数字の「二」を使い、また後の五句でも「にし」の表記に数字「二」「四」を使っていることから明らかであろう。「津」は「つ」の常用訓仮名で、連体助詞「つ」。「國」は「国」の旧字。「み食(け)つ國(くに)」は、「天皇の食料を献上する国」をいい、『万葉集』では、淡路・伊勢・志摩の三国を「み食(け)つ國(くに)」と称している。ここは「淡路国」をさす。
 4句「野嶋乃海子乃」は「野嶋(のしま)の海子(あま)の」と訓む。この句も、「長歌」の12句「野嶋之海子乃」と連体助詞「の」の表記が一字違うだけで同句。「野嶋」は、現在の兵庫県淡路市野島で、淡路島の北端から西側に約四キロの地。「乃」は、ノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。「海子」は、「海士」「海人」と同じで、「あま」と訓み、「海で漁業に従事する人」の意。
 5句「船二四有良信」は「船(ふね)にし有(あ)るらし」と訓む。「船(ふね)」は「長歌」の17句と同じく「漁業に用いる漁船」をいう。「二」「四」は、共に数字であるが、ここはニ音・シ音の音仮名。「二」は1句にも既出で、片仮名の字源。「二四」は、格助詞「に」+副助詞「し」=「にし」を表す。「有」はラ行変格活用の自動詞「あり」の連体形「有(あ)る」。「良」はラ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、「信」はシ音の音仮名で、「良信」で以って、推量の助動詞「らし」を表す。「らし」は、普通終止形に接続するが、ラ変の場合は連体形に接続する。
 934番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  朝(あさ)なぎ[凪]に 梶(かぢ)の音(おと)聞(き)こゆ
  み食(け)つ國(くに) 野嶋(のしま)の海子(あま)の
  船(ふね)にし有(あ)るらし

  朝凪に 楫の音が聞こえる
  大君の食料を献上する国の 野島の海人の
  船であるらしいよ 
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 14:31| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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