2018年05月08日

『万葉集』を訓(よ)む(その1268)

 今回は、935番歌の9句からを訓む。
 9句・10句「海末通女・有跡者雖聞」は「海(あま)末通女(をとめ)・有(あ)りとは聞(き)けど」と訓む。9句は、同じ金村の作である366番歌11句・930番歌1句と同句。「海」は、「海人」(238番歌)・「海部」(256番歌の異伝)などと書くところを略したもので、この一字で「あま」と訓む。「未通女」は、「をとめ」と訓み「若々しく生命力の盛んな女」の意で、もとは成年に達した未婚の女をさしたが、のちには、一〇歳くらいから成人前の未婚の女性を広くさすようになった。「海(あま)末通女(をとめ)」は「海で働く少女。年若いあま。」をいう。「有」はラ行変格活用の自動詞「あり」の終止形「有(あ)り」。「跡」は「と(乙類)」の常用訓仮名、「者」は「は」の訓仮名。「とは」は、格助詞「と」に、係助詞「は」が付いたもので、説明・思考・知覚などの対象やその内容を取り立てていうのに用いる。「雖聞」は、カ行四段活用の他動詞「きく」の已然形「聞(き)け」+逆接の既定条件を示す接続助詞「ど」(漢文の助字「雖」で表記)=「聞(き)けど」。
 11句・12句「見尓将去・餘四能無者」は「見(み)に去(ゆ)[行]かむ・よしの無(な)ければ」と訓む。「見」はマ行上一段活用の他動詞「みる」の連用形「見(み)」の名詞化したもの。「尓」はニ音の常用音仮名で、目的を示す格助詞「に」。「将去」(536番歌他に既出)は、カ行四段活用の自動詞「ゆく」の未然形「去(ゆ)[行]か」+意志・意向の助動詞「む」(連体形。漢文の助字「将」で表記。)=「去(ゆ)[行] かむ」。12句は、546番歌8句の「縁乃無者」と表記は異なるが同句。「餘」はヨ(乙類)音の、「四」はシ音の音仮名。「餘四」で以って、「かかわりを持つための方法。手段。てだて。すべ。」の意の「よし」を表す。「能」はノ(乙類)音の常用音仮名で、格助詞「の」。「無者」は、ク活用形容詞「なし」の已然形「無(な)けれ」+順接の確定条件を表す接続助詞「ば」(「者」で表記)=「無(な)ければ」。
 13句・14句「大夫之・情者梨荷」は「大夫(ますらを)の・情(こころ)はなしに」と訓む。13句は、646番歌1句他と同句。「大夫(ますらを)」は、「益荒男」とも書き、「立派な男子。強く勇ましい男子。」を意味するが、宮廷人であることを誇る意識を背景に使われることが多かったことから、官位の呼称である「大夫」が用いられるようになったもの。「之」は漢文の助字で、連体助詞「の」。14句は、898番歌2句の「心波奈之尓」と表記は異なるが同句。「情(こころ)」(789番歌他に既出)は、「人間の理知的、情意的な精神機能をつかさどる器官、また、その働き。」をいう。「者」は漢文の助字で、係助詞「は」。「梨荷」は、ク活用形容詞「なし」(借訓字「梨」で表記)+接続助詞「に」(訓仮名「荷」で表記)=「なしに」を表し、「無くて。無いのに。」の意。
 15句・16句「手弱女乃・念多和美手」は「手弱女(たわやめ)の・念(おも)ひたわみて」と訓む。15句は、379番歌15句「手弱女之」と連体助詞「の」の表記が異なるだけで同句。「手弱女」は「たわやめ」と訓み、「撓(たわ)や女(め)」すなわち「なよなよとした女。たおやかな女。たおやめ。」の意。「や」は間投助詞。「手弱」は宛字的用法。「乃」は、ノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。「念」はハ行四段活用の他動詞「おもふ」の連用形「念(おも)ひ」。「多」「和」「美」は、各々、タ音・ワ音・ミ(甲類)音の常用音仮名で、「多」は片仮名の、「和」は片仮名・平仮名の、「美」は平仮名の字源である。「多和美」は、マ行四段活用の自動詞「たわむ」の連用形「たわみ」を表す。「たわむ」は、「心が一途でなくなる。心がゆるむ。心弱くなる。」ことをいう。次の「手」は「て」の常用訓仮名で、接続助詞「て」に用いたもの。
 17句・18句「俳徊・吾者衣戀流」は「俳徊(たもとほ)り・吾(われ)はそ戀(こ)ふる」と訓む。17句は、460番歌の45句と同句。「俳徊」は、漢語では「はいかい」と訓み、「行ったり来たりすること。どこともなく歩きまわること。うろうろと歩きまわること。うろつくこと。」をいうが、ここは同じ意を表す和語「たもとほる」(ラ行四段活用の自動詞)にあてたもので、その連用形「俳徊(たもとほ)り」と訓む。458番歌に「多毛登保里」という仮名書き例があった。「吾(われ)」は自称で、作者の笠金村をさす。「者」は漢文の助字で、係助詞「は」。「衣」は「そ(乙類)」の常用訓仮名で、係助詞「そ」。「戀流」(682番歌他に既出)は、ハ行上二段活用の他動詞「こふ」の連体形で「戀(こ)ふる」。活用語尾「る」をル音の常用音仮名(片仮名の字源)の「流」で表記して連体形であることを明示したもの。
 19句「船梶雄名三」は「船(ふね)梶(かぢ)をなみ」と訓む。「船梶」は、「ふなかぢ」という一語ではなく、「船(ふね)」と「梶(かぢ)」。旧訓にフナカヂとあったが、契沖が、『萬葉代匠記』初稿本で「フネカチトヨムベシ舟ト梶トナリ フナカチトイヘバフネノカチニテカチハカリノコトナリ」として改めた。「雄」は「を」の訓仮名で、格助詞「を」。「名」は「な」の常用訓仮名で、ク活用形容詞「なし」の語幹の「な」。「三」は「み(甲類)」の常用訓仮名で、接続助詞「み」。「をなみ」は、いわゆるミ語法で、「船(ふね)梶(かぢ)をなみ」は、「船も梶も無くて」の意。
 935番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  名寸隅(なきすみ)の 船瀬(ふなせ)ゆ見(み)ゆる
  淡路嶋(あはぢしま) 松帆(まつほ)の浦(うら)に
  朝(あさ)なぎ[凪]に 玉藻(たまも)苅(か)りつつ
  暮(ゆふ)なぎ[凪]に 藻塩(もしほ)焼(や)きつつ
  海(あま)末通女(をとめ) 有(あ)りとは聞(き)けど
  見(み)に去(ゆ)[行]かむ よしの無(な)ければ
  大夫(ますらを)の 情(こころ)はなしに
  手弱女(たわやめ)の 念(おも)ひたわみて
  た俳徊(もとほ)り 吾(われ)はそ戀(こ)ふる
  船(ふね)梶(かぢ)をなみ

  名寸隅の 船瀬から見える
  淡路島の 松帆の浦に
  朝凪に 玉藻を刈りつつ
  夕凪に 藻塩焼きつつ
  海人の娘子らが いるとは聞くが
  それを見に行く 手だても無いので
  ますらおの 雄々しい心はなく
  たわや女のように 思いしおれて
  行きつ戻りつ 私は恋しく思っている
  船も梶もないので
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 14:38| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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