2018年05月17日

『万葉集』を訓(よ)む(その1271)

 今回は、938番歌を訓む。題詞に「山部宿祢赤人作歌一首[并短歌]」とのみあるが、前の「笠朝臣金村」の歌(935〜937番歌)と同じく、神亀三年の聖武天皇の印南野行幸の際に「山部宿祢赤人」が作ったもので、十九句からなる長歌であり、後ろに反歌三首(939〜941番歌)を伴う。
 写本に異同はなく、原文はつぎの通り。

  八隅知之 吾大王乃 
  神随 高所知流 
  稲見野能 大海乃原笶 
  荒妙 藤井乃浦尓 
  鮪釣等 海人船散動 
  塩焼等 人曽左波尓有 
  浦乎吉美 宇倍毛釣者為 
  濱乎吉美 諾毛塩焼 
  蟻徃来 御覧母知師 
  清白濱

 1句・2句「八隅知之・吾大王乃」は「八隅知(やすみし)し・吾(わ)が大王(おほきみ)の」と訓む。「八隅知之」は、直近では923番歌1句に既出。「八隅知(やすみし)し」と訓み、「わが大君」または「わご大君」にかかる枕詞としての常套句で、八方を統べ治める意を表わす。「吾大王乃」は5番歌12句・199番歌14句と同句。「吾」は、連体助詞の「が」を読み添えて「吾(わ)が」。「大王」は、大和国家の王者が諸豪族に超越する立場を獲得するに至って「王(きみ)」のうちの大なる者の意で「大王(おほきみ)」と称するようになったもの。ここでは、聖武天皇を指す。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、格助詞「の」。
 3句・4句「神随・高所知流」は「神(かむ)ながら・高知(たかし)らせる」と訓む。「神随」は、167番歌29句・199番歌89句・204番歌7句に既出で、「神(かむ)ながら」と訓み、「神の本性そのままに。神でおありになるままに。」の意。「高所知」は、ラ行四段活用の他動詞「たかしる」の未然形「高知(たかし)ら」+尊敬の助動詞「す」の已然形(音韻上は命令形。漢文の助字「所」で表記。)の「せ」=「高知(たかし)らせ」。「たかしる」は、「立派におさめる。立派に統治する。」の意で、人麻呂の「吉野讃歌」(36番歌)に既出。「流」はル音の常用音仮名(片仮名の字源)で、完了の助動詞「利」の連体形「る」。
 5句・6句「稲見野能・大海乃原笶」は「稲見野(いなみの)[印南野]の・大海(おふみ)の原(はら)の」と訓む。「稲見野」は、935番歌の題詞に「播磨國印南野」とあった「印南野」に同じ。『新日本古典文学大系』の「地名一覧」に「印南野(いなみの) 兵庫県の南部、淡路島の対岸に近い加古郡稲美町、および加古川市・明石市一帯.「稲日野」(いなびの)とも.」とある。は「能」はノ(乙類)音の常用音仮名で、連体助詞「の」。「大海乃原」も地名で、「大海(おふみ)の原(はら)」。「乃」は1句に既出で、連体助詞「の」。前の「地名一覧」に「大海原(おうみのはら)」として「兵庫県明石市西部の地域一帯をいうか、和名抄の播磨国明石郡に「邑美 於布美(おふみ)」と見える.」とある。「笶」は「の(乙類)」の常用訓仮名で、連体助詞「の」。
 7句・8句「荒妙・藤井乃浦尓」は「荒妙(あらたへ)[栲]の・藤井(ふぢゐ)の浦(うら)に」と訓む。7句は、159番歌19句に「荒妙乃」とあったのに準じて、連体助詞「の」を補読して「荒妙(あらたへ)[栲]の」と訓む。「荒(あら)」は語素で、主として名詞の上について、これと熟合して用いられるが、ここでは「十分に精練されていないさま、粗製の、雑な、細かでない、すきまの多い」意を表わす。「妙(たへ)」は借訓字で、布の「栲(たへ)」を表わす。159番歌では、「荒妙(あらたへ)の」は、「(藤や麻などを材料とする)繊維のあらい布の」の意で次の「衣」にかかる枕詞として用いられたが、ここは、「あらたえ(繊維のあらい布)を作る材料である藤」というつづきで「藤」を含む地名「藤井」にかかる枕詞として用いられている。「藤井乃浦」は、「藤井(ふぢゐ)の浦(うら)」。反歌の「藤江の浦」と同じ所で、「明石市藤江付近の浦」をいう。「尓」はニ音の常用音仮名で、場所を示す格助詞「に」。
 9句以降は、次回に。
posted by 河童老 at 16:52| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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