2018年07月03日

『万葉集』を訓(よ)む(その1284)

 今回は、947番歌を訓む。題詞に「反歌一首」とあり、前歌946番歌の反歌である。左注に「右作歌年月未詳也 但以類故載於此次」とあって、本反歌と前の長歌は、その作歌年月が明らかでないが、内容の類似からこの順序で載せたと述べている。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  為間乃海人之 塩焼衣乃 
  奈礼名者香 一日母君乎 
  忘而将念

 1句「為間乃海人之」は「すま[須磨]の海人(あま)の」と訓む。この句は、413番歌1句の「須麻乃海人之」と「すま」の表記が異なるだけで同句。「為」は「す」の訓仮名、「間」は「ま」の準常用訓仮名で、「為間」は、地名「すま[須磨]」を表す。須磨は、「(摂津国の西南の隅(すま=すみ)にあるところから呼ばれた)兵庫県神戸市西部、六甲山地が大阪湾にせまる地域。古くは関所が置かれ、また、源平の古戦場として知られる一ノ谷や白砂青松の須磨の浦を含み、明石と並び称された月の名所。歌枕。」(『日本国語大辞典』による)。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。「海人(あま)」は、海または湖で魚類、貝類、海藻などを取るのを業とする人のことで、上代には諸所に置かれた海人部(あまべ)に属し、海産物を朝廷に貢納し、航海にも従事した。海藻を刈ったり、塩焼きをするなどの海辺での作業は、主として、5番歌にも登場した「海處女(あまをとめ)」の仕事であったから、ここの海人(あま)は、413番歌と同様、「海處女(あまをとめ)」を指すものと考えて良い。「之」は漢文の助字で、連体助詞「の」。
 2句「塩焼衣乃」は「塩焼(しほや)き衣(きぬ)の」と訓む。この句も、413番歌2句と同句。「塩焼(しほや)き衣(きぬ)」は「海水を煮沸して塩を作る時に着る作業着」のこと。「乃」は1句に既出だが、ここは格助詞「の」。
 3句「奈礼名者香」は「なれなばか」と訓む。「奈」「礼」は、ナ音・レ音の常用音仮名で、共に片仮名・平仮名の字源。「奈礼」は、ラ行下二段活用の自動詞「なる」の連用形「なれ」を表す。ここの「なる」は、「衣類などが体になじむ。」意と、「親しむ。親しくなる。」意とを掛けている。「名者」は、完了の助動詞「ぬ」の未然形「な」(常用訓仮名「名」で表記)+接続助詞「ば」(「は」の訓仮名「者」を流用)=「なば」。「香」は「か」の準常用訓仮名で、疑問の係助詞「か」。
 4句「一日母君乎」は「一日(ひとひ)も君(きみ)を」と訓む。「一日」(537番歌他に既出)は、「ひとひ」と訓み、「いちにち。また、いちにちの間。」の意。「母」はモ音の常用音仮名で、係助詞「も」。「君(きみ)」は「敬愛する人」をさしていうが、女から見て男をいうことが普通。「乎」はヲ音の常用音仮名(片仮名の字源)で、動作の対象を示す格助詞「を」。
 5句「忘而将念」は「忘(わす)れて念(おも)はむ」と訓む。類似の表現として、502番歌5句の「忘(わす)れて念(おも)へや」がある。「忘」は、ラ行下二段活用の他動詞「わする」の連用形で「忘(わす)れ」。「而」は接続助詞「て」を表わす訓仮名。「将念」は、ハ行四段活用の他動詞「おもふ」の未然形「念(おも)は」+意思・意向の助動詞「む」(漢文の助字「将」で表記)=「念(おも)はむ」。「わすれておもふ」というのは「忘れてしまって気にかけなくなる。忘れた状態で粗略に思う。」ことをいう。
 阿蘇『萬葉集全歌講義』に「長歌は男性の立場の歌とも見られるが、反歌には『一日も君を忘れて思はむ』とあって女性の立場のように思われる。」とある。
 947番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  すま[須磨]の海人(あま)の 塩焼(しほや)き衣(きぬ)の
  なれなばか 一日(ひとひ)も君(きみ)を
  忘(わす)れて念(おも)はむ
  
  須磨の海人の 塩焼き用の衣が
  体に馴染むようにあなたと親しくなったらば たとえ一日でもあなたを
  忘れていられるでしょうか
posted by 河童老 at 21:43| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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