2018年07月13日

『万葉集』を訓(よ)む(その1287)

 今回は、948番歌の13句からを訓む。
 13句・14句「如此續・常丹有脊者」は「如此(かく)續(つ)ぎて・常(つね)に有(あ)りせば」と訓む。「如此」(748番歌他に既出)は、コノゴトクの義で、副詞「かく」に用いたもの。「續」は「続」の旧字で、『名義抄』に「續 ツグ・ツラヌ・ツムグ・ツグノフ」とある。ここは、ガ行四段活用の自動詞「つぐ」の連用形「續(つ)ぎ」と訓み、下に接続助詞「て」を補読する。「つぐ」は「並んで連なる。物事がひき続いて起こる。」ことをいう。「常丹」は、形容動詞「つね」の連用形(副詞法)で「常(つね)に」。連用形であることを明示するために活用語尾「に」を常用訓仮名「丹」で表記したもの。「つね」は「日常普通に見られる行為や状態であること。いつもの通りであるさま。」をいう。「有脊者」は、ラ行変格活用の自動詞「あり」の連用形「有(あ)り」+過去の助動詞「き」の未然形「せ」+順接の仮定条件を表わす接続助詞「ば」=「有(あ)りせば」「脊」は「せ」の訓仮名、「者」は「は」の訓仮名であるが、「ば」に流用したもの。
 15句・16句「友名目而・遊物尾」は「友(とも)なめ[並め]て・遊(あそ)ばむものを」と訓む。「友(とも)」は「同じ仲間の人々。ともがら。」の意。「名」「目」は、「な」「め(乙類)」の常用訓仮名。「名目」は、マ行下二段活用の他動詞「なむ」の連用形「なめ[並め]」を表す。「なむ」は「ならべる、つらねる」ことをいう。「而」は漢文の助字で、接続助詞「て」。ここの「遊」は、バ行四段活用の自動詞「あそぶ」の未然形「遊(あそ)ば」に、意思・意向の助動詞「む」(連体形)を補読して「遊(あそ)ばむ」と訓む。「あそぶ」は「思うことをして心を慰める。遊戯、酒宴、舟遊びなどをする。」ことをいう。「物」は、個々の具体物から離れて抽象化された事柄、概念をいう語で、現在では通常「もの」と仮名書きされる。「尾」は「を」の常用訓仮名で、格助詞(間投助詞)「を」。「ものを」で以て、逆接の接続助詞となる。
 17句・18句「馬名目而・徃益里乎」は「馬(うま)なめて・徃(ゆ)かまし里(さと)を」と訓む。17句は、4番歌3句「馬數而」、49番歌3句「馬副而」、239番歌5句・926番歌13句「馬並而」と「なめて」の表記は異なるが、同句で、「馬(うま)なめて」と訓み、「馬を並べて」の意。「名目而」の表記は、15句に同じ。「徃」は「往」の俗字で、カ行四段活用の自動詞「ゆく」の未然形「徃(ゆ)か」。「ゆく」は「目的の場所に向って進む。」ことをいう。「益」は借訓字で、反実仮想の助動詞「まし(連体形)」に宛てたもの。「里(さと)」(929番歌他に既出)は、「人家のあつまっている所。人の住んでいる所。村落。」をいう。「乎」はヲ音の常用音仮名(片仮名の字源)で、接続助詞「を」。
 15句・16句と17句・18句は、二句対をなしている。
 19句・20句「待難丹・吾為春乎」は「待(ま)ち難(がて)に・吾(わ)が為(せ)し春(はる)を」と訓む。「待」はタ行四段活用の他動詞「まつ」の連用形で「待(ま)ち」。「難」は、95・485・629番歌に既出で、「がてに」と訓み、「困難で」の意。(ここでは「に」を常用訓仮名の「丹」で表記。)「かてに」と訓む説もあるが、『日本古典文学大系』の485番歌の補注の説に従い「がてに」とした( [参考]として補注を再掲しておく)。「吾」は格助詞「が」を補読して「吾(わ)が」と訓む。「為」はサ行変格活用の他動詞「す」の未然形「為(せ)」で、下に回想の助動詞「き」の連体形「し」を補読して「為(せ)し」と訓む。回想の助動詞「き」は、助動詞・動詞の連用形に接続するのが普通であるが、「カ変・サ変の動詞につく場合には、接続上特殊な変化があり、カ変は『こし』『こしか』『きし』『きしか』、サ変は『せし』『せしか』『しき』となる。」(『岩波古語辞典』より)ので注意が必要。「春(はる)」は四季のひとつで、厳しい「冬」のあとに来ることから、「春を待つ」「春待つ」という表現があり、冬の季語である。「乎」は18句に同じで、接続助詞「を」。
 21句・22句「决巻毛・綾尓恐」は「かけまくも・あやに恐(かしこ)く」と訓む。21句「决巻毛」は、199番歌一句「挂文」、475番歌1句「挂巻母」、478番歌1句「挂巻毛」と表記は異なるが同句で、「かけまくも」と訓む。「决」は「決」の俗字で、「缺」の通用文字であることから「かけ」を表すのに借りたもの。「かけ」は、カ行下二段活用の他動詞「かく」の未然形。「かく」には、「言葉にかける、言葉に出す。」または「心にかける、心に思う。」の意があるが、ここは「心にかける」意。「巻」も「まく」を表わすための借訓字。「まく」は「むあく」の約まったもので、意志・推量の助動詞「む」のク語法。ク語法(既出)は、活用語を体言化する語法で、活用語の連体形に形式体言のアクが付いた形。「毛」はモ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、係助詞「も」。「綾尓」(199番歌他に既出)は、「あやに」と訓み、感動詞「あや」に助詞「に」がついてできた語で、言葉に表わせないほど、また、理解できないほどの感動をいう。「なんとも不思議に。わけもわからず。いいようもなく。」の意。「綾」は「あや」に宛てた借訓字。「尓」はニ音の常用音仮名。「恐」は、ク活用形容詞「かしこし」の連用形で「恐(かしこ)く」。「かしこし」は、第一義的には「おそるべき霊力、威力のあるさま。また、それに対して脅威を感ずる気持を表わす。」が、ここは「尊い者、権威のある者に対して、おそれ敬う気持を表わす。おそれ多い。」の意。
 23句以降は、次回に続く。

[参考]『日本古典文学大系』四八五番歌の補注
 カテニは普通、耐える意のカツ(下二段活用)の未然形に、否定のズの古形ニが接続して成立した語と説かれている。語源的な説明としてはそれで正しいものと考えられるが、注意すべきことは、奈良時代の人々が、一般に果たしてそのような意識、つまり、ニは否定のズの連用形なのだという意識をもっていたかどうかということである。否定のズとかヌとかは、万葉集の訓仮名表記の部分では(字音仮名ばかりで書いてあるところは別として)不、莫の文字で書くのが通例で、不や莫を用いないのは、願望のヌカ、ヌカモの場合である。これは、ヌカ、ヌカモという助詞全体で一語と意識されていて、それを語源にさかのぼって、否定のズの連体形ヌにカモの接続した形という意識が無かった結果、不や莫をその部分にあてなかったものと考えられる。それと同様のことが、カテニの場合にも起こっている。すなわち、行過勝尓(ユキスギカテニ)(二五三)、待勝尓(マチカテニ)(一六八四)というような例があるのは、ニが否定のズの連用形であることを忘れた(あるいは知らない)表記と見られるのである。さらに、表意的な文字として勝の他に、難が用いられている。得難尓為(エガテニス)(九五)、待難尓為(マチガテニスレ)(六二九)などの例がそれである。難尓という表記は、カタシという形容詞の語幹カタに助詞ニがついたもので、一種の混淆(コンタミネーション)の結果である。これを何と訓んだかについては、恐らくガテニと訓んだのではないか。「君待ち我弖尓(ガテニ)」(八五九・三四七〇)の二例の存在が、その証となる。
 つまりカテニという言葉は、元来はカツの未然形にズの連用形がついて成立したが、奈良時代ではその語源意識は失われカテニはガテニに移行しつつあり、ガテニで一まとまりとして意識されていた。その意識の形成は、否定のニの一般的衰退、「難し」という意味・語形の類似する語の存在という事情が密接な関係をもっていたということである。
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 14:04| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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