2018年07月24日

『万葉集』を訓(よ)む(その1290)

 今回は、949番歌を訓む。題詞に「反歌一首」とあり、948番歌の反歌である。この歌には左注があるが、948番歌の冒頭のところですでに触れたので、ここでの説明は割愛する。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  梅柳 過良久惜 
  佐保乃内尓 遊事乎 
  宮動々尓

 1句「梅柳」は「梅柳(うめやなぎ)」と訓む。「梅柳(うめやなぎ)」は、「早春の景物としての梅と柳」をいう。
 2句「過良久惜」は「過(す)ぐらく惜(を)しみ」と訓む。「過良久」は、いわゆるク語法で、ガ行上二段活用の自動詞「すぐ」の連体形「過(す)ぐる」に形式体言の「あく」が付いた「過(す)ぐるあく」が約まった「過(す)ぐらく」を表し、「過ぎること」の意。「良」「久」は、ラ音・ク音の常用音仮名で、共に片仮名・平仮名の字源。ここの「惜」は、シク活用形容詞「をし」の語幹に原因・理由を表す接続助詞「み」を補読して「惜(を)しみ」と訓む。
 1句・2句「梅柳過ぐらく惜しみ」は、「梅が咲き柳が芽ぐむ、その美しい盛りの過ぎる事を惜しんで。」の意であると澤瀉『萬葉集注釋』にある。
 3句「佐保乃内尓」は「佐保(さほ)の内(うち)に」と訓む。「佐保(さほ)」(300番歌他に既出)は、現在の奈良市北部、「佐保川」(79番歌に既出)の北側の法蓮町・法華寺町一帯をいう。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。「内(うち)」は、空間的、平面的に、ある範囲や区画、限界などの中、すなわち、外側でないほうをいう語。「佐保の内」について、吉井『萬葉集全注』は「今の奈良市西北郊の佐保一帯をさすという。10・二二二一、11・二六七七、12・三九五七。他に「今城の内」(紀・一一九)がある。このような土地の呼び方は非常に珍しい。あるいは皇室の特別な設備が設けられていた ― 松林苑のごとき ― 場所を指しているのかもしれない。」と注している。「尓」はニ音の常用音仮名で、場所を示す格助詞「に」。
 4句「遊事乎」は「遊(あそ)びし事(こと)を」と訓む。「遊事」は、バ行四段活用の自動詞「あそぶ」の連用形「遊(あそ)び」+回想の助動詞「き」の連体形「し」(補読)+形式名詞「事(こと)」=「遊(あそ)びし事(こと)」。「あそぶ」は「思うことをして心を慰める。遊戯、酒宴、舟遊びなどをする。」ことをいう。「乎」はヲ音の常用音仮名(片仮名の字源)で、格助詞「を」。
 なお、この「遊(あそ)びし」の主語については、「散禁されている人々」とするのが通説であるが、遊んだ場所が歌には「佐保の内」とあるのに左注では「春日野」とある相違について納得のいく説明できないという問題がある。これについて、吉井『萬葉集全注』は「諸注は『遊びし』の主語を散禁されている人々とする。左注によれば、散禁されている人々が赴いたのは、今の奈良市東方の春日野であって、佐保とはあきらかに場所が違う。この『遊びし』人は、他の大宮人たちであろう。」として異説を唱えている。
 5句「宮動々尓」は「宮(みや)もとどろに」と訓む。「宮(みや)」は「天皇の住む御殿。皇居。御所。」をいう。「宮(みや)」の下に表記はないが、係助詞「も」を訓み添える。「動」は、『名義抄』に「動 オゴク・ウゴク・ヤヤモスレバ・ユク・ツクル・クツログ・サハガシ・ユスル・フルハフ・ウタフ・ホドニ・トドロカス・ヒビカス・ソソノカス・ホトホト」とあり、トドロカスの訓が見えることから、「動々」は「とどろ」と訓まれる。「とどろ」は、音の力強く鳴り響くさまをいう言葉で、多く「に」「と」を伴って用いる。ここも下にニ音の常用音仮名「尓」があり、格助詞「に」を伴っている。
 949番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  梅柳(うめやなぎ) 過(す)ぐらく惜(を)しみ
  佐保(さほ)の内(うち)に 遊(あそ)びし事(こと)を 
  宮(みや)もとどろに

  梅や柳の 盛りの過ぎるのを惜しんで
  佐保の域内で 遊んだことを
  宮に轟くほどに言い騒がれているよ

 通説に従って、口訳をしたが、異説を唱える吉井『萬葉集全注』の口訳を参考までに示しておく。吉井は「自由に佐保の内へ行った人々への嫉妬の情の表現である。」とするが、穿ち過ぎのように思われる。ただ、「佐保の内」と「春日野」の相違についての疑念は残る。後考を俟つ。

  梅や柳の見頃が過ぎるのを惜しんで
  佐保の内に遊んだことを
  宮も鳴りひびくばかり語り合っているよ。
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 22:01| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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