2018年07月27日

『万葉集』を訓(よ)む(その1291)

 今回は、950番歌を訓む。題詞に「五年戊辰幸于難波宮時作歌四首」とあり、本歌〜953番歌までの四首は、「神亀五年、難波宮に行幸された時に作った歌」ということである。作者については、953番歌の左注に「右、笠朝臣金村之歌中出也。或云、車持朝臣千年作之也。」とあって、笠朝臣金村の作とも車持朝臣千年の作とも伝えられていることがわかる。吉井『萬葉集全注』は、「四首の作歌事情」について、次のように述べている。

 これらの作は、行幸時のものとはいえ、儀礼歌ではない。行幸という海辺への旅のなかで、自然に高まってくる供奉の官人と女官との間の相聞的雰囲気を背景として、宴席の場で披露された作であろう。金村の歌の中に出づ、というが、別伝では車持千年の作とも伝えられていたのである。目録ではこの一伝を採用している。すでに述べたように、千年の作歌の場は金村と常に共にあり、しかもそれは常に行幸の場であった。この男女唱和の作も、金村と千年の二人が歌い合ったとする推定は容易にできる。千年が女官であった場合、その可能性はますます高まるはずである。なお続日本紀には五年の難波行幸はみえない。

 950番歌の写本に異同はなく、原文は次の通り。

  大王之 界賜跡 
  山守居 守云山尓 
  不入者不止

 1句「大王之」は「大王(おほきみ)の」と訓む。この句は、直近では、929番歌の3句と同句。「大王(おほきみ)」は、今は「大君」と表記されるのが一般的で、天皇あるいはその子孫を尊敬して言う。ここは聖武天皇をさす。「之」は漢文の助字で、連体助詞「の」。
 2句「界賜跡」は「界(さか)[境]ひ賜(たま)ふと」と訓む。「界」は、ハ行四段活用の他動詞「さかふ」の連用形で「界(さか)[境]ひ」と読む。「境界」という同義二字熟語が示すように、「界」も「境」も『名義抄』にサカヒの訓が見える。「さかふ」は「こちらとあちらを区別する。境界をつける。さかいとする。わけへだてる。」ことをいう。「賜」はハ行四段活用の他動詞「たまふ」の終止形「賜(たま)ふ」。「たまふ」は、補助動詞として「さかふ」を尊敬表現にするために用いたもの。「跡」は「と(乙類)」の常用訓仮名で、接続助詞「と」。
 3句「山守居」は「山守(やまもり)居(す)[据]ゑ」と訓む。「山守(やまもり)」(401番歌に既出)は、「山林を見まわって番をすること。また、それを職とする人。山の番人。」をいう。「居」は、379番歌10句と同じく、ワ行下二段活用の他動詞「すう」の連用形で「居(す)[据]ゑ」と訓む。「すう」は「物を動かないように、一定の場所に置く。きちんと置く。また、安置する。供する。」ことをいう。『名義抄』に「居 ヰル・ヲリ・オク・イク・スウ・ヲリトコロ」とあり、「居」は「すう」とも訓まれたことがわかる。現在の「すえる」は「据える」と「据」の字が使われるのが一般的であるが、「据」の字は、「手先を使う、手先を傷める」というのが本義で、「据える」は国語の用法であると、『字通』にある。
 4句「守云山尓」は「守(も)ると云(い)ふ山(やま)に」と訓む。「守」はラ行四段活用の他動詞「もる」の連体形「守(も)る」。「もる」は「入口などにいて外敵や獣の侵入を防いだり、異変を他に知らせたりする。番をする。見張る。まもる。」ことをいう。「云」はハ行四段活用の他動詞「いふ」の連体形で「云(い)ふ」。上に格助詞「と」を補読して「と云(い)ふ」の形で、「…と口に出す。人がそう呼ぶ。世間で…と言われる。」の意。「山」は象形文字で、山の突出する形に象る。「尓」はニ音の常用音仮名で、動作の対象を示す格助詞「に」。
 5句「不入者不止」は「入(い)らずは止(や)まじ」と訓む。「不入」は、ラ行四段活用の自動詞「いる」の未然形「入(い)ら」+打消の助動詞「ず」(連用形。漢文の助字「不」で表記)=「入(い)らず」。「者」は漢文の助字で、係助詞「は」。「不止」は、マ行四段活用の自動詞「やむ」の未然形「止(や)ま」+否定的意志を表す助動詞「じ」(漢文の助字「不」で表記)=「止(や)まじ」。「入(い)らずは止(や)まじ」は「入らずにはおかないつもりだ」の意。
 950番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  大王(おほきみ)の 界(さか)[境]ひ賜(たま)ふと
  山守(やまもり)居(す)[据]ゑ 守(も)ると云(い)ふ山(やま)に
  入(い)らずは止(や)まじ

  大君が 境界をお定めになるとて
  山守を置いて 見張らせているという山でも
  私は入らずにはおかないつもりだ

 なお、本歌について、伊藤『萬葉集釋注』は、「男の立場での譬喩歌で、女官に迫る意気ごみをうたう。」として、「大君の監視の厳しい女官ではあるけれども、その女官の所へ行って思いを遂げずにはおかないつもりだというのである。」と述べている。 
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 09:48| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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