2018年08月07日

『万葉集』を訓(よ)む(その1293)

 今回は、952番歌を訓む。「五年戊辰幸于難波宮時作歌四首」の三首目。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  韓衣 服楢乃里之 
  嶋待尓 玉乎師付牟 
  好人欲得

 1句「韓衣」は「韓衣(からころも)」と訓む。「韓衣(からころも)」は、「中国風の衣服」をいうが、衣服に関する語や、それらと同音または同音をもつ語にかかる枕詞として用いられた。例をあげれば、「着(き)る」「裁(た)つ」「袖(そで)」「裾(すそ)」「紐(ひも)」など。ここは次の「服(き)」にかかる。
 2句「服楢乃里之」は「服(き)なら[奈良]の里(さと)の」と訓む。「服」は上一段活用の他動詞「きる」の連用形「服(き)」。『名義抄』に「服 キモノ・キル・キヌ・フカシ・ウラム・ツク・サトル・ヨソホヒ・コロモ・ウヘ・シホカラ・ナラフ・カヘル・シタガフ・ツカフ・ハトリ・ナヅク・トトノフ」とあり、「きる」の訓がみえる。1句からこの「服(き)」までの「韓衣(からころも)服(き)」は、韓衣を「着馴ら(ナラ)す」意で、地名ナラを起こす序詞。「楢」は借訓字で、地名「なら[奈良]」を表す。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。「里(さと)」(九四八番歌他に既出)は、「人家のあつまっている所。人の住んでいる所。村落。」をいう。「之」は漢文の助字で、連体助詞「の」。
 3句「嶋待尓」は「嶋(しま)待(ま)つ[松]に」と訓む。「嶋(しま)」は「泉水、築山などのある庭園」の意。「待」はタ行四段活用の他動詞「まつ」の連体形「待(ま)つ」であるが、「松」の掛詞として用いている。「尓」はニ音の常用音仮名で、接続助詞「に」。ただし、掛詞「松」に続く場合は、格助詞「に」。
 阿蘇『萬葉集全歌講義』に「原文『嶋待』を『嬬待』の誤字とする佐竹昭広説により、『つま松(待つ)』とする説が少なくない。だが、諸本いずれも『嶋』とあり、『嶋』と『松』のつながりの深さから『待』に『松』の意を持たせたと見ることができる。『嶋』は、庭園の意。」とある。誤字説は、「嶋待つ」という表現が一般的でないことから、生じたものであるが、268番歌5句の「嶋(しま)待(ま)ちかねて」のところで見たように、「庭園を待望する」ことを言う表現で、ここも海辺の旅で、奈良の里の庭園を恋しく思う気持を詠ったものと考えられる。
 4句「玉乎師付牟」は「玉(たま)をし付(つ)けむ」と訓む。「玉(たま)」 は、「球形あるいはそれに近い形の美しくて小さい石などで装飾品となるもの」を総称していう。「乎」はヲ音の常用音仮名(片仮名の字源)で、格助詞「を」。「師」はシ音の音仮名(「し」の常用訓仮名とも)で、副助詞「し」。「付牟」は、カ行下二段活用の他動詞「つく」の未然形「付(つ)け」+推量の助動詞「む」(連体形。ム音の常用音仮名で片仮名の字源である「牟」で表記)=「付(つ)けむ」。
 5句「好人欲得」は「好(よ)き人(ひと)もがも」と訓む。「好人」は、「好(よ)き人(ひと)」で、「人柄のよい人。善良な人。立派な人。」の意。「好(よ)き」は、ク活用形容詞「よし」の連体形。「欲得」(936番歌他に既出)は、上代特有の願望の終助詞「もがも」を表わしたもの。
 952番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  韓衣(からころも) 服(き)なら[奈良]の里(さと)の
  嶋(しま)待(ま)つ[松]に 玉(たま)をし付(つ)けむ
  好(よ)き人(ひと)もがも

  韓衣を 着馴らすという奈良の里の
  庭園が恋しく待たれるが(その庭園松に) 玉をつける
  よい人がいればよいのになあ

[参考]「嶋」を「嬬」の誤字説をとって、3句を「夫松に」と訓む吉井『萬葉集全注』は、その注として次のように述べている。

◯夫松に 佐竹昭広(「万葉集本文批判の一方法」『万葉集抜書』)は、9・一七九五の「今木の嶺に茂り立つ嬬待木(つままつのき)は」を例として、諸本に「嶋」とある文字を「嬬」の誤りとし、伊勢物語の「から衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ」はこの歌を典拠として歌ったかという。男の前二作が、一首ずつ山、海を場面として歌われているので、海の作に和したこの歌は、嶋(庭園の意でありながら、海中の島をも裏にもちうる)とある方がよいのかもしれない。ツマは夫、妻いずれもさし、「嬬」の用字で夫を意味する例も巻二(一五三)に見える。
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 14:20| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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