2018年08月14日

『万葉集』を訓(よ)む(その1295)

 今回は、954番歌を訓む。題詞に「膳王歌一首」とあって、「膳王(かしはでのおほきみ)」が作られた歌である。「膳王(かしはでのおほきみ)」は、442番歌の題詞に「膳部王」の表記で既出、父は長屋王、母は吉備内親王である。この歌には「右、作歌之年不審也。但、以歌類便載此次」という「左注」があり、作歌の年代はわからないが、難波行幸の折の作のようだからここに載せたという。
 写本の異同はなく、原文は次の通り。

  朝波 海邊尓安左里為 
  暮去者 倭部越 
  鴈四乏母

 1句「朝波」は「朝(あした)は」と訓む。この句は、217番歌15句「明者」と表記は異なるが同句。「朝」は「あした」と訓む。「あした」は、「夜が明けて明るくなった頃。あさ。」の意で、古くは、夜の終わった時をいう意識が強い。「波」はハ音の常用音仮名(平仮名の字源)で、係助詞「は」。この句は、旧訓にアシタニハとありこれに従うものも多いが、澤瀉『萬葉集注釋』が言うように「『波』は音仮名であつてニを訓添へる事不都合」に思われる。
 2句「海邊尓安左里為」は「海邊(うみへ)にあさり為(し)」と訓む。「海邊」は131・138番歌に既出。「海邊」の「邊」は「辺」の旧字で、「海辺」は、上代では「うみへ」と清音に訓んだ。「安」「左」「里」は、各々、ア音・サ音・リ音の常用音仮名で、「安」「左」は、平仮名の字源。「安左里」で以って、853番歌1句の「阿佐里」と同じく、ラ行四段活用の他動詞「あさる」の連用形の名詞化「あさり(漁り)」を表し、「あさること。魚貝類をとること。また、えさを探すこと。」の意。「為」はサ行変格活用の他動詞「す」の連用形で「為(し)」と訓む。
 3句「暮去者」は「暮(ゆふ)去(さ)れば」と訓む。この句は、602番歌1句他と同句。「暮」は「夕」に同じで「ゆふ」と訓む。「去者」は、ラ行四段活用の自動詞「さる」の已然形「去(さ)れ」+順接の確定条件を表わす接続助詞「ば」(「は」の訓仮名「者」を流用)で、「去(さ)れば」。「暮(ゆふ)去(さ)れば」は「夕方になると」の意。
 4句「倭部越」は「倭(やまと)へ越(こ)ゆる」と訓む。「倭」(944番歌他に既出)は、わが国の古名として中国の史書に見え、それをそのまま「やまと」の表記に用いていたが、天平宝字元年(757)以降は「大和」と書かれるようになったもので、大和国(奈良県)を中心とする地域をいう。「部」は「へ(甲類)」の常用訓仮名で、方向・場所を示す格助詞「へ」。「越」はヤ行下二段活用の自動詞「こゆ」の連体形で「越(こ)ゆる」。「こゆ」は、「山、峠、谷、川、溝、関所など、障害となるものを通り過ぎて向こうへ行く。」意であるが、その上空を過ぎて行く場合にもいう。ここは次の「鴈(かり)」にかかるので「上空を過ぎて行く」意である。
 以上、上四句が二句と二句の対句で、しかも5句の句頭「鴈」の修飾語となっている。
 5句「鴈四乏母」は「鴈(かり)し乏(とも)しも」と訓む。「鴈」は「雁」に同じで、ガンカモ科の大型の鳥の総称の「かり」。「四」はシ音の音仮名で、副助詞「し」。「乏」は、55番歌他に既出で、「乏(とも)し」と訓む。シク活用の形容詞で、「羨ましい」の意。「母」はモ(乙類)音の常用音仮名で、詠嘆の終助詞「も」を表わす。
 954番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  朝(あした)は 海邊(うみへ)にあさりし
  暮(ゆふ)去(さ)れば 倭(やまと)へ越(こ)ゆる
  鴈(かり)し乏(とも)しも

  明け方は 海辺で餌をとり
  夕方になると 大和へ越えてゆく
  雁が羨ましいよ 
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 14:05| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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