2018年08月24日

『万葉集』を訓(よ)む(その1298)

 今回は、957番歌を訓む。題詞に「冬十一月、大宰官人等奉拜香椎廟訖退歸之時、馬駐于香椎浦各述作懐歌 / 帥大伴卿歌一首」とある。訓み下すと、「冬(ふゆ)十一月(ぐわつ)、大宰(だざい)の官人等(くわんにんら)香椎(かしひ)の廟(みや)を拜(をろが)み奉(まつ)り訖(を)へて退(まか)り歸(かへ)る時(とき)に、馬(うま)を香椎(かしひ)の浦(うら)に駐(とど)めて各(おのおの)懐(おもひ)を述(の)べて作(つく)る歌(うた) / 帥(そち)大伴卿(おほともきやう)の歌(うた)一首(しゆ)」となる。「冬十一月」とあるのは、神亀五年(728)の冬のことで、当時、大伴旅人は、正三位で、六四歳であった。「廟」は大陸の制度で、祖霊や鬼神聖賢を祀った堂宇をいう。「香椎の廟」「香椎の浦」について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は次のように注している。

 香椎の廟(みや) 仲哀天皇の行宮のあったところで、天皇崩御後山稜を営む。仲哀天皇と神功皇后を合祀。奈良時代にも、延喜式にも廟として神社と区別し、山稜として扱われた。神名帳にも載せない。平安時代になってから神社として扱われるようになる。福岡市東区香椎。
香椎の浦 香椎の廟は丘を下れば直ちに海浜。

写本に異同はなく、原文は次の通り。

  去来兒等 香椎乃滷尓 
  白妙之 袖左倍所沾而 
  朝菜採手六

 1句「去来兒等」は「去来(いざ)兒等(こども)」と訓む。この句は、280番歌1句と同句。また、63番歌1句の「去来子等」とも表記は一字違うが同句。「去来」は、義訓字で、陶淵明の「帰去来辞」中の「帰去来兮」が「かえりなん、いざ」と訓ぜられ、本来は「帰去」が動詞で「来」が語助の辞であるのを、「帰」と「去来」とに分けて、「去来」を「いざ」と理解したもので、この二字で「いざ」と訓むようになった。「いざ」は、相手を誘うとき、自分と共に行動を起こそうと誘いかけるときなどに呼びかける語。「兒等」は、部下や年下の者への呼びかけ。「ども」は、名詞・代名詞に付いて、そのものを含めて、同類の物事が数多くあることを示すが、必ずしも多数とは限らないで、同類のものの一、二をさしてもいう。人を表わす場合は「たち」に比べて敬意が低く、目下、または軽蔑すべき者たちの意を含めて用いる。「ども」に充てられた「等」は、同じような人々、ある一定の種類に属する人々を、その集団として表現する語である「ともがら」の意を持つ。
 2句「香椎乃滷尓」は「香椎(かしひ)の滷(かた)に」と訓む。「香椎(かしひ)」は題詞に既出。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。「滷」は131番歌に既出。その原義は、「塩分を含む地」で同義の「潟」と共に、日本では「かた」と訓まれ、「遠浅の海岸で、潮の満干によって隠れたり現われたりする地。」をいう。ここは「干潟」の意で用いている。「尓」はニ音の常用音仮名で、場所を示す格助詞「に」。
 3句「白妙之」は「白妙(しろたへ)の」と訓む。この句は、230番歌15句と同句。「白妙」は「白栲」に同じで、「梶の木の皮の繊維で織った白い布」をいう。「しろたへの」は、「衣」「袖」「たもと」「たすき」「帯」「紐」「領巾」「天羽衣」などにかかる枕詞で、ここも次の「袖」にかかる。
 4句「袖左倍所沾而」は「袖(そで)さへ沾(ぬ)れて」と訓む。この句は、782番歌4句と同句。「袖(そで)」は「衣服で、身頃(みごろ)の左右にあって、腕をおおう部分。」をいう。「左」はサ音の常用音仮名(平仮名の字源)、「倍」はヘ(乙類)音の常用音仮名。「左倍」で以って副助詞「さへ」を表す。「所沾」は、ラ行下二段活用の自動詞「ぬる」の連用形で「沾(ぬ)れ」。「ぬる」は「物の表面に雨、露、涙などの水がたっぷり付く。」ことをいう。「ぬる」の場合「所」の文字を加えていることが多い(24番歌)。「而」は漢文の助字で、接続助詞「て」。
 5句「朝菜採手六」は「朝菜(あさな)採(つ)みてむ」と訓む。「朝菜(あさな)」は、「朝食の副食物にする草」をいうが、ここは海藻をさす。「採手六」は、マ行四段活用の他動詞「つむ」の連用形「採(つ)み」+完了の助動詞「つ」の未然形「て」+意志・意向の助動詞「む」=「採(つ)みてむ」。「手」「六」は、「て」「む」の常用訓仮名。ここの「つむ」は、海藻を刈り取ることをいう。完了の助動詞「つ」は、ここでは強意の働きをしている。
 957番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  去来(いざ)兒等(こども) 香椎(かしひ)の滷(かた)に
  白妙(しろたへ)の 袖(そで)さへ沾(ぬ)れて
  朝菜(あさな)採(つ)みてむ

  さあみんな 香椎の干潟で
  (白たへの) 袖まで濡れて
  朝の菜(海藻)を摘もうよ
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 20:57| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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