2018年08月29日

『万葉集』を訓(よ)む(その1299)

 今回は、958番歌を訓む。題詞に「大貳小野老朝臣歌一首」とあって、前歌(957番歌)に続いて、「冬(ふゆ)十一月(ぐわつ)、大宰(だざい)の官人等(くわんにんら)香椎(かしひ)の廟(みや)を拜(をろが)み奉(まつ)り訖(を)へて退(まか)り歸(かへ)る時(とき)に、馬(うま)を香椎(かしひ)の浦(うら)に駐(とど)めて各(おのおの)懐(おもひ)を述(の)べて作(つく)る歌(うた)」の二首目で、作者は「大貳(だいに)小野老朝臣(をののおゆのあそみ)」である。「小野老」は、328・816番歌の作者として既出。『萬葉集全注』は、本歌の【考】に「小野老の略歴」として次のように述べている。

 天平二年(七三〇)正月の梅花宴(5・八一六)に少弐とある。ここの大弐は誤り。小野老は、養老三年(七一九)正月従五位下、翌年右少弁、神亀年中のいつかに大宰少弐となる。天平元年三月(七二九年。長屋王の政変直後)従五位上(長屋王時代の十年間昇進なしとなる)、天平三年正五位下、天平五年正五位上、天平六年正月従四位下、天平九年六月十一日卒(松崎英一「小野朝臣老の卒年」古代文化昭和五十年八月)。従四位下が大宰大弐の相当官位であるから、この題詞の記述は天平六年以後となる。なお、氏(うじ)名(な)姓(かばね)の順に書くのは敬称記述。

 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  時風 應吹成奴 
  香椎滷 潮干汭尓 
  玉藻苅而名

 1句「時風」は「時(とき)つ風(かぜ)」と訓む。この句は、220番歌の15句と同句。「時風」は、間に連体助詞「つ」を補読して、「時(とき)つ風(かぜ)」と訓み、「一定の時にきまって吹く風」のことをいう。
 2句「應吹成奴」は「吹(ふ)くべく成(な)りぬ」と訓む。「應」(439番歌他に既出)は、漢文の助字。再読文字として「まさに…べし」と訓まれるが、ここは推量・可能・当然・適当の意を持つ助動詞「べし」の表記に宛てたもので、その連用形「べく」と訓むが、語順としては「吹」の後。「吹」はカ行四段活用の自動詞「ふく」の終止形「吹(ふ)く」。「ふく」は「気体が動く。風がおこる。」ことをいう。「成」はラ行四段活用の自動詞「なる」の連用形で「成(な)り」。「なる」は、「その時刻や時期に達する。その時に至る。また、時が経過する。」の意。「奴」はヌ音を表わす常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、完了の助動詞「ぬ」。
 3句「香椎滷」は「香椎滷(かしひがた)」と訓む。「香椎滷(かしひがた)」は、前歌2句の「香椎乃滷」に同じで、「香椎の干潟」をいう。
 4句「潮干汭[浦]尓」は「潮干(しほひ)の汭(うら)に」と訓む。「潮干(しほひ)」(941番歌他に既出)は、「潮(しほ)干(ふ)」が名詞化した語で、「潮が引くこと。また、潮が引いたあとの浜。」をいう。「汭」は390番歌に既出で、そのところで、『正字通』に「水ノ曲流スルヲ汭ト為ス」とあり、『春秋左伝』閔公二年春の条「虢公、犬戎ヲ渭ノ汭(○)ニ敗ル。」の杜預注に「河水ノ隈曲ヲ汭ト曰フ」とあることを述べた。要するに川の流れが湾曲しているところをいうが、『万葉集』では「汭浪の来寄する浜に」(13・三三四三)、「貞の汭」(12・三〇二九)など海の浦に用いており、ここも「浦」に同じ。「尓」はニ音の常用音仮名で、場所を示す格助詞「に」。
 5句「玉藻苅而名」は「玉藻(たまも)苅(か)りてな」と訓む。この句は、121番歌5句「玉藻苅手名」と「て」の表記が異なるだけで同句。「玉藻」(943番歌他に既出)は、「美しい藻」の意で「たま」は美称。「苅」はラ行四段活用の他動詞「かる」の連用形で「苅(か)り」。「苅る」は、「むらがって生えているものを短く切り払う」意。「而」は漢文の助字で、接続助詞「て」として多く用いられているが、ここは完了の助動詞「つ」の未然形の「て」に用いたもの。「名」は「な」を表わす常用の訓仮名で、意志・希望を表わす終助詞「な」。「てな」は、話し手自身の行為についての強い願望を表わすのに使われた。
 958番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  時(とき)つ風(かぜ) 吹(ふ)くべく成(な)りぬ
  香椎滷(かしひがた) 潮干(しほひ)の汭(うら)に
  玉藻(たまも)苅(か)りてな

  潮時の風が 吹く時になった
  香椎潟の 潮の引いた入江で
  今のうちに玉藻を刈ってしまいたい
posted by 河童老 at 17:40| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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