2018年09月06日

『万葉集』を訓(よ)む(その1302)

 今回は、961番歌を訓む。題詞に「帥大伴卿宿次田温泉聞鶴喧作歌一首」とあって、作者は前歌と同じく大宰帥大伴旅人で、「帥(そち)大伴卿(おほともきやう)の次田(すきた)の温泉(ゆ)に宿(やど)りて、鶴(たづ)が喧(ね)を聞(き)きて作(つく)る歌(うた)一首(しゆ)」である。「次田(すきた)の温泉(ゆ)」は、現在の福岡県筑紫野市二日市の二日市温泉で、都府楼跡からはおよそ二・四キロの距離がある。
 阿蘇『萬葉集全歌講義』は本歌の【歌意】として次のように述べている。

 旅人が大宰帥に任ぜられた時期は、続紀に記さないが、神亀五年春にはおそくとも大宰府に赴任していた。この歌は、神亀五年の冬か、天平元年早春の頃の作であろう。鶴はよく葦辺で餌を漁るので葦鶴といった。神亀五年の晩春に、任地で妻の大伴郎女を亡くした旅人にとって、間断なく鳴く鶴の声にも妻恋いの情を掻き立てられたのである。

 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  湯原尓 鳴蘆多頭者 
  如吾 妹尓戀哉 
  時不定鳴

 1句「湯原尓」は「湯(ゆ)の原(はら)に」と訓む。「湯原」は、「湯(ゆ)の原(はら)」と訓み、「温泉近くの原」の意から固有名詞化した地名と考えられる。「尓」はニ音の常用音仮名で、場所を示す格助詞「に」。
 2句「鳴蘆多頭者」は「鳴(な)く蘆(あし)たづ(鶴)は」と訓む。「鳴」はカ行四段活用の自動詞「なく」の連体形で「鳴(な)く」。「蘆」はイネ科の多年草「あし(葦)」。「多頭」(919番歌他に既出)は、「たづ[鶴]」。鳥の「鶴(つる)」は、『万葉集』では全て「たづ」と詠まれている。「多」はタ音の常用音仮名(片仮名の字源)、「頭」はヅ音の音仮名。「多頭」という用字は、群れをなす鶴の「多くの頭」を連想させる。「蘆(あし)たづ」は、456・575番歌に「蘆鶴」として既出。「葦の生える水辺にいる鶴」の意で、「鶴」の異名。「者」は漢文の助字で、係助詞「は」に用いたもの。
 3句「如吾」は「吾(わ)が如(ごと)く」と訓む。「如吾」は漢文表記で、日本語の語順にすると「吾如」となる。「吾」は自称で「わ」(「あ」と訓む注釈書もある)と訓み、作者の旅人をさす。「如」は、格助詞「が」(表記はないが補読して)+比況の助動詞「ごとし」の連用形「如(ごと)く」=「が如(ごと)く」と訓む。「吾(わ)が如(ごと)く」は「私のように」の意。
 4句「妹尓戀哉」は「妹(いも)に戀(こ)ふれや」と訓む。「妹(いも)」は、男性から結婚の対象となる女性、または、結婚をした相手の女性をさす称で、「恋人。妻。」をいう。「尓」は1句にも既出で、ここは動作の対象を示す格助詞「に」。「戀哉」は、ハ行上二段活用の他動詞「こふ」の已然形「戀(こ)ふれ」+反語的疑問の係助詞「や」(漢文の助字「哉」で表記)=「戀(こ)ふれや」。「哉」の訓みについて、澤瀉『萬葉集注釋』は「コフレカととも訓むことが出來る。『や』であれば反語的疑問(一・二三、三二)となり『か』であれば單なる疑問(二・一九八、四・四九九)となる。この場合いづれでも解釋がつくが、作者が妻を失つた後の作で、亡妻を思ふ切實な情が『や』にこもると見るべきである。」と述べている。
 5句「時不定鳴」は「時(とき)わかず鳴(な)く」と訓む。「時不定」は、「時(とき)わかず」と訓み、「時を分かたず。時を定めず。絶え間なく。」の意。1982番歌5句の「不定哭」も、時の字はないが、「時(とき)わかず哭(な)く」と訓まれている。「鳴」は1句に既出で、ここは終止形。
 961番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。
 
  湯(ゆ)の原(はら)に 鳴(な)く蘆(あし)たづ(鶴)は
  吾(わ)が如(ごと)く 妹(いも)に戀(こ)ふれや
  時(とき)わかず鳴(な)く

  湯の原で 鳴いている葦鶴は
  私のように 妻を恋うているからであろうか
 (私ほどではないと思うのに)絶え間なく鳴いているよ
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 17:35| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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