2018年09月19日

『万葉集』を訓(よ)む(その1304)

 今回は、963番歌を訓む。題詞に「冬十一月大伴坂上郎女發帥家上道超筑前國宗形郡名兒山之時作歌一首」とある。これを訓み下すと、「冬(ふゆ)十一月(ぐわつ)大伴坂上郎女(おほとものさかのうへのいらつめ)の、帥(そち)の家(いへ)を發(た)ちて道(みち)に上(のぼ)り、筑前國(つくしのみちのくちのくに)宗形郡(むなかたのこほり)名兒山(なごやま)を超(こ)ゆる時(とき)に作(つく)る歌(うた)一首(しゆ)」となる。作者の大伴坂上郎女について、吉井『萬葉集全注』本歌の【考】欄で次のように述べている。少し長くなるが引用しておく。

【考】坂上郎女 坂上郎女については史書に記述がなく、集中の題詞、左注によってその動静が知られるのみである。4・五二八の左注に「右郎女は佐保大納言卿の女なり。はじめ一品穂積皇子に嫁ぎ、寵をかがふること類ひなし。しかして皇子薨ぜし後に、藤原麻呂大夫、郎女を娉ふ。郎女、坂上の里に家居す。よりて坂上郎女といふ。」とある。郎女は、異母兄・大伴宿奈麻呂との間に、坂上大嬢(後の家持の妻)、二嬢の二人の女をなしているが、藤原麻呂との交渉が先であり、その後、宿奈麻呂と結ばれたものと考えられる。宿奈麻呂とはおそらく養老の末年に死別したものと思われる。旅人は、大宰府帥として赴任する際、妻の大伴女郎を伴ったが、赴任後間もなく死亡した。いつ頃坂上郎女が大宰府に下向したかはあきらかでないが、大伴女郎なきあと、氏上のそばにあって家刀自の役目を果たすために下向したものと考えてよい。万葉集に長歌六首、短歌七十七首、旋頭歌一首を残す。女流歌人として作歌の数が多いばかりでなく、作歌の場、主題、素材が多種にわたっており、作風も言葉の知的な構成によるものが多く、万葉集から古今集へと移向する時期を考える上で、注目すべき歌人である。万葉集編纂の資料となったものにも、郎女の記述になるものが大きな役割を果たしたものと推定されている。

 本歌は、九句からなる長歌で、次の964番歌と共に、天平二年冬に、旅人が大納言になって上京するのに先立ち、坂上郎女が京に向かった折の作である。
 写本の異同は、末句の三字目<佐>を『西本願寺本』他が「作」としていることが挙げられるが、『元暦校本』『紀州本』『細井本』に「佐」とあるのを採った。原文は次の通り。

  大汝 小彦名能
  神社者 名著始鷄目
  名耳乎 名兒山跡負而
  吾戀之 干重之一重裳
  奈具<佐>米七國

 1句「大汝」は「大汝(おほなむち)」と訓む。「大汝(おほなむち)」は、大国主神の別名で、出雲大社の祭神。
 2句「小彦名能」は「大汝(おほなむち)」と訓む。「小彦名(すくなひこな)」は、「大汝(おほなむち)」と共に国作りをした体の小さな神で、国作りをした後、常世の国に渡ったと記紀神話に見える。「能」はノ(乙類)音の常用音仮名で、連体助詞「の」。
 3句「神社者」は「神(かみ)こそば」と訓む。ここの「神(かみ)」は、1句・2句を受けて、「大汝(おほなむち)小彦名(すくなひこな)の神」の二神をいう。「社」(749番歌他に既出)は、強い指示を表わす係助詞「こそ」。「社」の字は、「社」(=神社)に祈願することから、願望の意の助詞コソに当てるようになったもの。「者」は漢文の助字で、格助詞「は」に用いられたものだが、係助詞「こそ」に続く場合は、「こそば」と濁るのが普通(『古典全集』)。
 吉井『萬葉集全注』は、「大汝少彦名の神」として、次のように述べている。

 集中では、二神は必ず一対の存在として歌われる。「〜の神代」(18・四一〇六)、「〜の作らしし」(7・一二四七)、「〜のいましけむ(3・三五五)。大汝神は種々の複合的な性質をもっているが、大地神、国作りの神としての性格が根本であり、少彦名神は常世神、穀霊としての性格を根本とする。この二神の一体化、国作り神としての信仰が、集中に確固として残っているのは、政治神話として形成された記紀の神々の物語とは異なった神話伝承の展開が、民族のなかで独自におこなわれていたことを立証する。名前をつけるというのも、それを認識して一定の組織のなかに置くということで、国作りの一端を示すものにほかならない。

 4句「名著始鷄目」は「名著(なづ)け始(そ)めけめ」と訓む。「名著」は、カ行下二段活用の他動詞「なづく」の連用形「名著(なづ)け」と訓む。「著」は「着」と同じで、『名義抄』に「著 キル・ツク・ハク・アラハス・シルス・クル・ワタイル」と「つく」の訓が見える。「なづく」は、「名をつける。命名する。」意。「始」はマ行下二段活用の補助動詞「そむ」の連用形「始(そ)め」。「そむ」は、「その行為がはじまる意、また、はじめられた行為や動作の結果が長くあとに残る意。」を表す。「鷄」はケ(甲類)音の音仮名、「目」は「め(乙類)」の常用訓仮名で、「鷄目」で以て、推量の助動詞「けむ」の已然形「けめ」を表す。
 5句「名耳乎」は「名(な)のみを」と訓む。「名(な)」は「物事の名称。呼び方。」の意。「耳」(740番歌他に既出)は、限定・強意を表わす漢文の助字で、限定を表わす副助詞「のみ」に宛てたもの。「乎」は、ヲ音の常用音仮名(片仮名の字源)で、格助詞の「を」。
 六句「名兒山跡負而」は「名兒山(なごやま)と負(お)ひて」と訓む。「名兒山(なごやま)」は、「福岡県福津市勝浦に位置する通称ナチゴ山。高さ一六四メートル。」(阿蘇『萬葉集全歌講義』)。「跡」は「と(乙類)」の常用訓仮名で、格助詞「と」。「負」はハ行四段活用の他動詞「おふ」の連用形で「負(お)ひ」。ここの「おふ」は、「名をもつ。その名をなのる。」意。「而」は漢文の助字で、接続助詞「て」。
 7句「吾戀之」は「吾(わ)が戀(こひ)の」と訓む。「吾」は格助詞「が」を補読して「吾(あ)が」。「吾(あ)」は自称でこの歌の作者「坂上郎女」をさす。「戀」は、動詞「こふ(戀)」の連用形の名詞化で「戀(こひ)」。「之」は漢文の助字で、連体助詞「の」。
 8句「干重之一重裳」は「干重(ちへ)の一重(ひとへ)も」と訓む。この句は、509番歌14句「干重乃一隔母」と一部表記は異なるが同句。「千重」は「ちへ」と訓み、「数多くかさなること」をいう。「之」は七句に同じで、連体助詞「の」。「一重」は、「そのものだけで、重なっていないこと。また、そのもの。ひとひら。一枚。」の意。「千重の一重」は、幾重もの中の一重で、「千に一つ。千分の一。」を言う。「裳」は「も」の常用訓仮名で、係助詞「も」。
 9句「奈具佐米七國」は「なぐさめなくに」と訓む。「奈」「具」「佐」「米」は、各々、ナ音・グ音・サ音・メ(乙類)音の常用音仮名で、「奈」は片仮名・平仮名の字源。「奈具佐米」は、マ行下二段活用の他動詞「なぐさむ」の未然形「なぐさめ」を表す。「なぐさむ」は「心をなごやかに静まらせる。心を晴らす。」ことをいう。「七國」(506番歌他に既出)は、「なくに」と訓む。「七」は「な」の訓仮名、「國」は「くに」を表すための借訓字。「なく」は、打消の助動詞「ず」のク語法で、「ず」の連体形「ぬ」に形式体言のアクがついた「ぬあく」が約まって「なく」となったもの。「に」は格助詞。
 963番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  大汝(おほなむち) 小彦名(すくなひこな)の
  神(かみ)こそば 名著(なづ)け始(そ)めけめ
  名(な)のみを 名兒山(なごやま)と負(お)ひて
  吾(わ)が戀(こひ)の 干重(ちへ)の一重(ひとへ)も
  なぐさめなくに

  大汝 少彦名の
  神こそが はじめて名づけられたというが
  名だけを 名児山(心がなごむ)と名のるばかりで
  わが恋の 千分の一も
  慰めてくれないことだ 
posted by 河童老 at 19:39| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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