2018年09月26日

『万葉集』を訓(よ)む(その1306)

 今回は、965番歌を訓む。題詞に「冬十二月大宰帥大伴卿上京時娘子作歌二首」とあって、本歌と次の966番歌は、天平二年十二月、大宰帥大伴旅人が、大納言を兼任して上京する時に、遊行女婦の児島が旅人に贈った歌である。作者が「遊行女婦(うかれめ)の児島」であるということは、次の966番歌の左注によって知られる。その左注については次歌のところで述べる。
写本に異同はなく、原文は次の通り。

  凡有者 左毛右毛将為乎
  恐跡 振痛袖乎 
  忍而有香聞

 1句「凡有者」は「凡(おほ)ならば」と訓む。「凡有」は、形容動詞「おほなり」の未然形「凡(おほ)なら」と訓む。「おほなり」には、「物の形、状態、量、大きさ、感情などがはっきりとしていないさま、漠然としているさま」の意と「きわ立っていないさま。普通である、なみなみであるさま。」の意があるが、ここは後者。「者」は「は」の訓仮名だが、ここは仮定条件を示す接続助詞「ば」に流用したもの。「凡(おほ)ならば」は、「並々ならば。普通一般ならば。」の意。
 2句「左毛右毛将為乎」は「かもかも為(せ)むを」と訓む。「左毛右毛」は、副詞「か」に係助詞「も」の付いた「かも」が重なってできた連語で、「ああもこうも」の意。「左右」だけでも「かもかも」と訓み、モ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)の「毛」は添え字。「将為」(752番歌他に既出)は、サ行変格活用の他動詞「す」の未然形「為(せ)」+意志・意向の助動詞「む」(連体形。漢文の助字「将」で表記。)=「為(せ)む」。「乎」はヲ音の常用音仮名(片仮名の字源)で、接続助詞「を」。
 3句「恐跡」は「恐(かしこ)みと」と訓む。この句は、239番歌の17句「恐等」と表記は異なるが同句。「恐」は接尾語「み」を読み添えて「恐(かしこ)み」と訓む。「恐(かしこ)」は、形容詞「かしこし」の語幹。「恐(かしこ)み」は「恐れ多いと思って」の意。「跡」は、「と(乙類)」の常用訓仮名で、格助詞「と」。
 4句「振痛袖乎」は「振(ふ)り痛(た)き袖(そで)を」と訓む。「振痛」は、ラ行四段活用の他動詞「ふる」の連用形「振(ふ)り」+ク活用形容詞「いたし」の連体形「痛(いた)き」=「振(ふ)り痛(いた)き」が約まって「振(ふ)り痛(た)き」となったもの。阿蘇『萬葉集全歌講義』の注に「振り痛き 甚だしく振るの意。『言痛しーこちたし』などの表現例がある。」とある。「袖」は「衣服で、身頃(みごろ)の左右にあって、腕をおおう部分」をいう。『万葉集』の「袖振り」は、別離の場合にも、愛の表現にも、舞踊の型としても見られるが、ここは別れを惜しんでのこと。「乎」は2句に既出だが、ここは格助詞の「を」。
 5句「忍而有香聞」は「忍(しの)びて有(あ)るかも」と訓む。「忍」はバ行上二段活用の他動詞「しのぶ」の連用形「忍(しの)び」。「しのぶ」は、「気持ちを抑える。痛切な感情を表わさないようにする。」ことをいう。「而」は漢文の助字で、接続助詞「て」。「香」「聞」は、カ音・モ音の音仮名。「香聞」は、疑問の助詞「か」に詠嘆の助詞「も」を添えた複合形で、詠嘆の終助詞「かも」を表わす。
 965番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  凡(おほ)ならば かもかも為(せ)むを
  恐(かしこ)みと 振(ふ)り痛(た)き袖(そで)を 
  忍(しの)びて有(あ)るかも

  並々のお方でしたら ああもこうも致しましょうに
  恐れ多いと思って 激しく振るべき袖を
  じっと我慢しています
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 11:47| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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