2018年10月03日

『万葉集』を訓(よ)む(その1308)

 今回は、967番歌を訓む。題詞に「大納言大伴卿和歌二首」とあり、本歌と次の968番歌の二首は、前の遊行女婦の児島の歌二首(965・966)に対して、「大納言(だいなごん)大伴卿(おほともきやう)(大伴旅人)の和(こた)ふる歌(うた)」である。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。
 
  日本道乃 吉備乃兒嶋乎
  過而行者 筑紫乃子嶋
  所念香聞 

 1句「日本道乃」は「日本道(やまとぢ)の」と訓む。「日本道」は、966番歌1句の「倭道」と同じく「やまとぢ」と訓む。「日本」を「やまと」と訓む例は、956番歌他に既出。「日本道(やまとぢ)[大和道]」は「大和へ向かう道」をいう。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。
 2句「吉備乃兒嶋乎」は「吉備(きび)の兒嶋(こしま)を」と訓む。「吉備(きび)」(554番歌に既出)は、「古代、山陽道にあった国。天武、持統両天皇のころ、備前・備中・備後の三か国に分かれ、和銅六年(713)備前国から美作国が分かれて四か国となる。現在の岡山県と広島県東部にあたる。」と『日本国語大辞典』にある。「乃」は1句に同じで、連体助詞「の」。「兒嶋(こしま)」は、「児島(こじま)」に同じで、「岡山県倉敷市の地名。児島半島の南西部を占める。古くは島で、開発は早く、貝塚などの遺跡が多い。室町時代以後水陸交通の要地となり、江戸時代からは塩田業、織物業が起こり、学生服など縫製工業の町として知られる。鷲羽山など景勝地が多い。昭和二三年(一九四八)市制。同四二年倉敷市に合併。」(これも『日本国語大辞典』による)。「乎」はヲ音の常用音仮名(片仮名の字源)で、格助詞「を」。
 3句「過而行者」は「過(す)ぎて行(ゆ)かば」と訓む。「過」は、ガ行上二段活用の自動詞「すぐ」の連用形で「過(す)ぎ」。「すぐ」は、「通過する」ことをいう。「而」は、接続助詞の「て」。「行者」は、カ行四段活用の自動詞「ゆく」の未然形「行(ゆ)か」+順接の仮定条件を表す接続助詞「ば」(「は」の訓仮名「者」を流用)で、「行(ゆ)かば」と訓む。
 4句「筑紫乃子嶋」は「筑紫(つくし)の子嶋(こしま)」と訓む。「筑紫(つくし)」(574番歌他に既出)は、九州地方の古称であるが、九州地方全体を指す場合、九州の北半、肥の国・豊国を合わせた地方を指す場合、筑前・筑後を指す場合、筑前国、もしくは大宰府を指す場合などがある。ここはこれまでの任地である大宰府を念頭において詠んだものと考えてよい。「乃」は1句・2句に同じで、連体助詞「の」。「子嶋(こしま)」は、965・966番歌の作者であり、966番歌の左注に「遊行女婦(うかれめ)あり、その字(あざな)を児島(こしま)といふ」とあった「児島(こしま)」に同じ。
 5句「所念香聞」は「念(おも)ほえむかも」と訓む。この句は、918番歌5句の「所念武香聞」と「武」の一字がないだけで同句。「所念」は、ヤ行下二段活用の自動詞「おもほゆ」の未然形「念(おも)ほえ」+推量の助動詞「む」(無表記だが訓み添え)=「念(おも)ほえむ」。「おもほゆ」は、動詞「おもう」に上代の自発・受身の助動詞「ゆ」の付いてできた語で、「思われる」の意。「香」「聞」は、カ音・モ音の音仮名。「香聞(かも)」は、疑問の助詞「か」に詠嘆の助詞「も」を添えた複合形で、詠嘆の意を表わす終助詞。
 967番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  日本道(やまとぢ)の 吉備(きび)の兒嶋(こしま)を
  過(す)ぎて行(ゆ)かば 筑紫(つくし)の子嶋(こしま)  
  念(おも)ほえむかも

  大和へ行く道筋の 吉備の児島を
  通り過ぎる時には 筑紫の児島のことが
  きっと思い出されることだろうなあ
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 14:40| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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