2018年10月05日

『万葉集』を訓(よ)む(その1309)

 今回は、968番歌を訓む。前歌(967番歌)に続き、「大納言大伴卿和歌二首」の二首目で、遊行女婦の児島の歌に対する旅人の返歌である。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  大夫跡 念在吾哉
  水莖之 水城之上尓
  泣将拭

 1句「大夫跡」は「大夫(ますらを)と」と訓む。この句は、135番歌35句・719番歌1句と同句。「大夫」は「ますらを」と訓み、「立派な男子。強く勇ましい男子。」を意味するが、宮廷人であることを誇る意識を背景に使われることが多かったことから、官位の呼称である「大夫」が用いられるようになったもの。「跡」は「と(乙類) 」の常用訓仮名で、格助詞の「と」。
 2句「念在吾哉」は「念(おも)へる吾(われ)や」と訓む。「念在」は、ハ行四段活用の他動詞「おもふ」の已然形「念(おも)へ」+完了の助動詞「り」の連体形の「る」(「在」で表記)=「念(おも)へる」。完了の助動詞「り」は、「四段・サ変・カ変・上一段活用の動詞の連用形と、それを承ける『あり』との音韻の融合によって奈良時代以前に生じた形である。」(『岩波古語辞典』)ことから「在」の字で表記したもの。「吾」は「われ」で作者の旅人。「哉」は、疑問・反語また詠嘆を表すのに用いられる漢文の助字で、詠嘆の意を込めた疑問の係助詞「や」。
 3句「水莖之」は「水莖(みづくき)の」と訓む。「水莖(みづくき)」には、「手跡。筆跡。」「消息の文。手紙。たまずさ。」「筆」の意があるが、『万葉集』では、「みづくきの」の形で、枕詞として用いられている。ここもその例で、同音の繰り返しで、次の「水城(みづき)」にかかる。「之」は漢文の助字で、連体助詞「の」。
 4句「水城之上尓」は「水城(みづき)の上(うへ)に」と訓む。「水城(みづき)」は、「外敵を防ぐために、堤を築き、前面に水をたたえた堀。」をいい、特に、天智天皇三年(664)大宰府防衛のために設けられたものをさす。福岡県太宰府市水城に土塁堤防状遺構、東西の門址・礎石などを残しており、昭和28年(1953)国特別史跡に指定された。「之」は3句に同じで、連体助詞「の」。「上(うへ)」は、空間的位置関係「上(うえ)・下(した)」の「上」の意。「尓」はニ音の常用音仮名で、場所を示す格助詞「に」。
 5句「泣将拭」は「泣(なみた)拭(のご)はむ」と訓む。「泣」は『名義抄』に「泣 ナク・ナクナク・ナミダ・ナムタ・サケブ」とあり、ここは「ナミダ(涙)」の意であるが、上代ではナミタと清音に訓んだ。「将拭」は、ハ行四段活用の他動詞「のごふ」の未然形「拭(のご)は」+意志・意向の助動詞「む」(連体形。漢文の助字「将」で表記。)=「拭(のご)はむ」。「のごふ」は「手でふく。ふきとる。ぬぐう。」ことをいう。
 なお、木下正俊(「“斯くや嘆かむ”という語法」『万葉集研究』第七集)によれば、本歌のように、上に仮定条件をもたない…ヤ…ムを含む一人称の疑問文は、「腑甲斐ない自分の“現在”のあり方をじれったく思いつつそれをどうすることもできない、そのような内容」を表現する文型とする。そして、本歌について、「この場合作者がどうすることもできないのは涙が流れて止まらぬ状態であり、それを自らを主格に置いて、『涙流さむ』とも言わず『涙拭はむ』と言い、意志に基づく動作性動詞拭フを用いているところに、周囲の人びとの眼を意識する旅人の性格が現われていると説明すべきであろう。」と説いている。
 968番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  大夫(ますらを)と 念(おも)へる吾(われ)や
  水莖(みづくき)の 水城(みづき)の上(うへ)に
  泣(なみた)拭(のご)はむ

  立派な男と 思っているこの私たるものが
  (水茎の) 水城の上で
  どうしようもなく流れる涙を拭ったりしてよいものか
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 13:19| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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