2018年10月16日

『万葉集』を訓(よ)む(その1312)

 今回は、971番歌を訓む。題詞に「四年壬申藤原宇合卿遣西海道節度使之時高橋連蟲麻呂作歌一首[并短歌]」とあり、天平四年、藤原宇合卿が、西海道の節度使として派遣された時に、高橋虫麻呂が作った、三十三句からなる長歌一首である。次に反歌一首(972番歌)を伴う。
 写本の異同は、6句三字目ならびに末句一字目の<公>と、21句二字目<木>にある。<公>については、『西本願寺本』には「君」とあるが、『元暦校本』『類聚古集』『紀州本』に「公」とあるのを採る。<木>については、こ写本には全て記されているが、『西本願寺本』には、この字がない。しかし、『西本願寺本』は、「冬」の下に○符を付して、右に「木」と書いており、明らかに脱字したものといえよう。原文は次の通り。

  白雲乃 龍田山乃 
  露霜尓 色附時丹
  打超而 客行<公>者
  五百隔山 伊去割見
  賊守 筑紫尓至
  山乃曽伎 野之衣寸見世常
  伴部乎 班遣之 
  山彦乃 将應極
  谷潜乃 狭渡極
  國方乎 見之賜而
  冬<木>成 春去行者
  飛鳥乃 早御来
  龍田道之 岳邊乃路尓
  丹管士乃 将薫時能
  櫻花 将開時尓
  山多頭能 迎参出六
  <公>之来益者

 1句・2句「白雲乃・龍田山乃」は「白雲(しらくも)の・龍田(たつた)の山(やま)の」と訓む。 1句は、287および574番歌の3句と同句。「白雲(しらくも)」は「白い雲。白く見える雲。」をいう。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。ここの「白雲(しらくも)の」は、白雲が立つというところから「立つ」と同音を含む地名「龍田(たつた)」にかかる枕詞として使われている。「龍田山」は、「龍田(たつた)の山(やま)」と訓み、奈良県北西部、三郷町と大阪府との境にある山で、信貴山に連なっている。古来、大和国と河内国とを結ぶ交通路のうち最も利用度の高い道が、この山を越えていた。「乃」は1句に同じで、連体助詞「の」。
 3句・4句「露霜尓・色附時丹」は「露霜(つゆしも)に・色附(いろづ)く時(とき)に」と訓む。「露霜」(651番歌他に既出)は、「秋の末に、露が凍りかけて霜のようになったもの」をいう。「尓」はニ音の常用音仮名で、原因を示す格助詞「に」。「色附」は、カ行四段活用の自動詞「いろづく」の連体形「色附(いろづ)く」。「時(とき)」は、行為や状態を表わす連体修飾句を受けて「そうする場合、そういう状態である場合」の意を表わす。「丹」は「に」の常用訓仮名で、時を指定する格助詞「に」。
 5句・6句「打超而・客行公者」は「うち超(こ)えて・客(たび)行(ゆ)く公(きみ)は」と訓む。「打」は接頭語「うち」を表す。接頭語「うち」は、下の動詞を強めたり、単に語調を整えたりするのに用いられる。「超」はヤ行下二段活用の自動詞「こゆ」の連用形「超(こ)え」。「こゆ」は「山、峠、谷、川、溝、関所など、障害となるものを通り過ぎて向こうへ行く」ことをいう。「而」は漢文の助字で、接続助詞「て」。「客」を「たび」と訓むことについては、前にも述べたが、上代において「旅」は異族神の支配する家郷以外の地に在ることを意味したことから、その異境に在るという念いを込めて、異族神を意味する「客」の字をあてたものと考えられる。「行」はカ行四段活用の自動詞「ゆく」の連体形「行(ゆ)く」。「ゆく」は「目的の場所に向かって進む」ことをいう。「公(きみ)」(915番歌他に既出)は、「自分の仕える人。主人。」の意で、ここでは作者の高橋虫麻呂が、自分の上司である藤原宇合卿をさして言ったもの。「者」は漢文の助字で、係助詞「は」。
 以下、次回に続く。
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 22:33| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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