2018年10月19日

『万葉集』を訓(よ)む(その1313)

 今回は、971番歌の7句からを訓む。
 7句・8句「五百隔山・伊去割見」は「五百隔山(いほへやま)・い去(ゆ)き割(さ)くみ」と訓む。「五百隔山(いほへやま)」は、九州へ行くまでの「幾重にも重なっている山」をいう。「いほへ」は、662番歌他に「五百重」の表記により既出で、「いくえにも物が重なっていること。数多く重なっていること。」の意。ここで「重」の代わりに「隔」を用いているのは、九州がそれらの山々によって隔てられている意を込めたものと思われる。「伊」はイ音の常用音仮名(片仮名の字源)で、強調又は語調を整えるために用いられる接頭語「い」。「去」はカ行四段活用の自動詞「ゆく」の連用形で「去(ゆ)き」。「割見」は、マ行四段活用の他動詞「さくむ」の連用形「割(さ)くみ」と訓む。「さくみ」は、210番歌の50句に「左久見」の仮名表記で既出。「さくむ」は「岩や木の間を押し開き、踏み分ける。踏み分けていく。」ことをいう。「割」の訓については、『名義抄』に「割 サク・ヤブル・ホフル・キル・ソコナハ」とある。「見」は「み(甲類)」の準常用訓仮名。 
 9句・10句「賊守・筑紫尓至」は「賊(あた)守(まも)る・筑紫(つくし)に至(いた)り」と訓む。「賊」は、『名義抄』に「賊  ヤブル・ウツ・ヌスム・ヌスミ・カミ・アタ」の訓みがあり、ここはアタ。「賊(あた)」は「自分に向かって害を加えようとするもの。かたき。外敵。」の意。「守」はラ行四段活用の他動詞「まもる」の連体形で「守(まも)る」。「まもる」は「おかされたり奪われたりしないようにする。外敵などを防ぐ。保護する。警固する。」ことをいう。「筑紫(つくし)」(967番歌他に既出)は、九州地方の古称。「尓」はニ音の常用音仮名で、場所を示す格助詞「に」。「至」はラ行四段活用の自動詞「いたる」の連用形で「至(いた)り」。「いたる」は「ある場所に行き着く。到着する。」ことをいう。
 11句・12句「山乃曽伎・野之衣寸見世常」は「山(やま)のそき・野(の)のそき見(み)よと」と訓む。「山(やま)のそき」は「山のはて」の意。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。「曽」はソ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、「伎」はキ(甲類)音の常用音仮名で、「曽伎」は、動詞「そく(退)」の連用形が名詞化した「そき」を表す。「野(の)のそき」は「野のはて」の意。「之」は漢文の助字で、連体助詞「の」。「衣」は「そ(乙類)」の、「寸」は「き(甲類)」の常用訓仮名で、「衣寸」は、前の「曽伎」と同じく、名詞「そき」を表す。「見世」は、マ行上一段活用の他動詞「みる」の命令形「見(み)よ」と訓む。命令形であることを明示するために活用語尾「よ」を「よ(乙類)」の常用訓仮名「世」で表記したもの。「常」は「と(乙類)」の訓仮名で、格助詞「と」。
 13句・14句「伴部乎・班遣之」は「伴(とも)の部(へ)を・班(あか)ち遣(つか)はし」と訓む。「伴部」について、吉井『萬葉集全注』は、トモノヲと訓み、官人たちと訳している。また、澤瀉『萬葉集注釋』は、「伴の部(ベ)」として「『伴の男』(三・四七八)と同じく、配下の部族の意に用いた。」と注している。ここは阿蘇『萬葉集全歌講義』に従って、「伴(とも)の部(へ)」と訓み、「配下の官人たち」の意としておく。「乎」はヲ音の常用音仮名(片仮名の字源)で格助詞「を」。「班」はタ行四段活用の他動詞「あかつ」の連用形「班(あか)ち」。「あかつ」は「あちこちに配る。分与・分配する。また、方々に分散させて派遣する。」ことをいう。吉井『萬葉集全注』に「ワクは区別したり、分断する意であるが、アカツは分散する、分配する意。」とある。「遣之」は、サ行四段活用の他動詞「つかわす」の連用形で「遣(つか)はし」。活用語尾「し」をシ音の常用音仮名で、片仮名・平仮名の字源である「之」で表示。
 15句・16句「山彦乃・将應極」は「山彦(やまびこ)の・應(こた)へむ極(きは)み」と訓む。「山彦(やまびこ)」は、「山や谷などで、出した声や音が反響すること。また、その声や音。」をいう。もとは「山の神。山の霊。」の意であり、それが真似て答えるものと考えられたところからいうようになった。「乃」は11句に既出で、格助詞「の」。「将應」は、ハ行下二段活用の自動詞「こたふ」の未然形「應(こた)へ」+推量の助動詞「む」(連体形。漢文の助字「将」で表記。)=「應(こた)へむ」。「極」(619番歌他に既出)は、「極(きは)み」と訓み、「きわまるところ。限り。果て。」の意。吉井『萬葉集全注』は、この二句について次のように注している。

○山彦の答へむきわみ 山彦は、山におこる反響現象を擬人化、あるいは山神化した名である。後に、木魂(こだま)ともいう。山彦を詠んだ例(8・一四九七、一六〇二、9・一七六一〜一七六二、10・一九三七、15・三六八〇)はあるが、この二句で、世界の果(は)てを表現した例は他にない。反響の帰ってくる果てという、聴覚を介して視界の全領域を示した観念的表現か。

 17句・18句「谷潜乃・狭渡極」は「谷潜(たにぐく)[谷蟇]の・さ渡(わた)る極(きは)み」と訓む。この二句と同句の仮名書き例が、800番歌の25句・26句に「多尓具久能(たにぐくの)・佐和多流伎波美(さわたるきはみ)」とあった。「谷潜」は、「たにぐく(谷蟇)」すなわち「蟇蛙(ひきがえる)」のこと。語源説として、(1)谷間に棲み、ククと鳴くことからか。(大言海)、(2)グクはクグル(潜)義。(和訓栞)などがある。「乃」は15句に同じで、格助詞「の」。「狭渡」は、ラ行四段活用の自動詞「さわたる」の連体形で、「さ渡(わた)る」。「狭」は「さ」の常用訓仮名で、接頭語「さ」を表す。「さわたる」は、「こあたりに当たってみる。試みにやってみる。」ことをいう。「極」は16句に同じで、「極(きは)み」と訓み、「きわまるところ。限り。果て。」の意。
 19句以降は、次回に続く。
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 13:46| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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