2018年10月26日

『万葉集』を訓(よ)む(その1315)

 今回は、971番歌の27句からを訓む。
 27句・28句「丹管士乃・将薫時能」は「丹(に)つつじの・薫(にほ)はむ時(とき)の」と訓む。「丹(に)」は「赤い色の土。また、赤い色の顔料。」であるが、「赤い色。また、赤い色をしたもの。」をもいう。「管士」は、植物の「つつじ」を表し、「丹(に)つつじ」は「赤いつつじ」をいう。「管」は借訓字で、「士」はジ音の準常用音仮名。「つつじ」の既出例は、185番歌の「石上乍自(石上(いは)つつじ)」、434番歌の「白管仕(白(しら)つつじ)」、443番歌の「茵(つつじ)花(はな)」がある。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、格助詞「の」。「将薫」は、ハ行四段活用の自動詞「にほふ」の未然形「薫(にほ)は」+推量の助動詞「む」(連体形。漢文の助字「将」で表記。)=「薫(にほ)はむ」。「にほふ」は「赤などのあざやかな色が、光を放つように花やかに印象づけられること」をいい、「色が明るく映える。あざやかに色づく。」の意。古代では、特に赤く色づく意で用いられたが、次第に他の色にもいうようになった。「時(とき)」は、行為や状態を表わす連体修飾句を受けて「そうする場合、そういう状態である場合」の意を表わす。「能」はノ(乙類)音の常用音仮名で、30句の「将開時」と同格であることを示す格助詞「の」。
 29句・30句「櫻花・将開時尓」は「櫻花(さくらばな)・開(さ)[咲]きなむ時(とき)に」と訓む。「櫻花(さくらばな)」は、「桜の花」(「櫻」は「桜」の旧字)。829番歌3句に「佐久良婆那(さくらばな)」の仮名表記で既出。「将開」は、カ行四段活用動詞「さく」の連用形「開(さ)き」+完了の助動詞「ぬ」の未然形「な」(無表記だが補読)+推量の助動詞「む」(連体形。漢文の助字「将」で表記。)=「開(さ)[咲]きなむ」と訓む。「開」を「さく」と訓む例は、912番歌他に既出。「さく」は「花のつぼみがひらく」ことをいうので「ひらく」の「開」の字があてられたもの。「時(とき)」は28句に同じ。「尓」はニ音の常用音仮名で、時を指定する格助詞「に」。
 31句・32句「山多頭能・迎参出六」は「山(やま)たづの・迎(むか)へ参(ま)ゐ出(で)む」と訓む。31句は、90番歌3句「山多豆乃」と表記は一部異なるが、同句。「多」はタ音の常用音仮名(片仮名の字源)、「頭」はヅ音の準常用音仮名、「能」は、28句にも既出のノ(乙類)音の常用音仮名。「山(やま)たづ」は、「造木(みやつこぎ)」のことで、植物「にわとこ(接骨木)」の古名。「山(やま)たづの」は、接骨木(にわとこ)の葉が向かい合って生えているところから、「むかふ」にかかる枕詞として用いられた。ここもその例。「迎参出六」は、ハ行下二段活用の他動詞「むかふ」の連用形「迎(むか)へ」+ワ行上一段活用の自動詞「まゐる」の連用形「参(ま)ゐ」+ダ行下二段活用の自動詞「づ」の未然形「出(で)」+意志を表す助動詞「む」(常用訓仮名「六」で表記)=「迎(むか)へ参(ま)ゐ出(で)む」で、「お迎えに出ましょう」の意。
 33句「公之来益者」は「公(きみ)が来(き)まさば」と訓む。「公(きみ)」は、6句にも既出で、作者の高橋虫麻呂が、自分の上司である藤原宇合卿をさして言ったもの。「之」は漢文の助字で、格助詞「が」。「来益者」は、カ行変格活用の自動詞「く」の連用形「来(き)」+サ行四段活用の自動詞「ます」の未然形「まさ」(借訓字「益」で表記)+仮定条件を示す接続助詞「ば」(「は」の訓仮名「者」を流用)=「来(き)まさば」。「公(きみ)が来(き)まさば」は「あなたが帰っておいでになったら」の意。

 971番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  白雲(しらくも)の 龍田(たつた)の山(やま)の
  露霜(つゆしも)に 色附(いろづ)く時(とき)に
  うち超(こ)えて 客(たび)行(ゆ)く公(きみ)は
  五百隔山(いほへやま) い去(ゆ)き割(さ)くみ
  賊(あた)守(まも)る 筑紫(つくし)に至(いた)り
  山(やま)のそき 野(の)のそき見(み)よと
  伴(とも)の部(へ)を 班(あか)ち遣(つか)はし
  山彦(やまびこ)の 應(こた)へむ極(きは)み
  谷潜(たにぐく)[谷蟇]の さ渡(わた)る極(きは)み
  國方(くにかた)を 見(め)し賜(たま)ひて
  冬(ふゆ)こもり 春(はる)去(さ)り行(ゆ)かば
  飛(と)ぶ鳥(とり)の 早(はや)く来(き)まさね
  龍田道(たつたぢ)の・岳邊(をかへ)の路(みち)に
  丹(に)つつじの・薫(にほ)はむ時(とき)の
  櫻花(さくらばな)・開(さ)きなむ時(とき)に
  山(やま)たづの・迎(むか)へ参(ま)ゐ出(で)む
  公(きみ)が来(き)まさば

   (白雲の) 竜田の山が
  露霜のために 色づく時に
  この山を越えて 旅行くあなたは
  幾重にも重なる山々を 踏み分けて行き
  敵から国を守る 筑紫に着いて
  山の果て 野の果てまで調べよと
  配下の官人たちを 方々に遣わし
  山彦が 答える山のはて
  ひきがえるが 這い回る谷の隅々まで
  すべての国の 状態を検分されて
  (冬こもり) 春になったら
  (飛ぶ鳥の) 早く帰ってきてください 
  竜田の道の その岡辺の道に
  赤いつつじが 美しく咲きにおいはじめ
  桜の花も 咲き盛る時に
  (やまたづの)お迎えに出ましょう
  あなたが帰っておいでになったら
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 15:37| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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