2018年11月02日

『万葉集』を訓(よ)む(その1317)

 今回は、973番歌を訓む。題詞に「天皇賜酒節度使卿等御歌一首[并短歌]」とあって、本歌は、天皇(聖武天皇)が、酒を節度使の卿等に賜った御歌で、十七句からなる長歌である。次に反歌一首(974番歌)を伴う。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  食國 遠乃御朝庭尓 
  汝等之 如是退去者 
  平久 吾者将遊
  手抱而 我者将御在
  天皇朕 宇頭乃御手以 
  掻撫曽 祢宜賜 
  打撫曽 祢宜賜 
  将還来日 相飲酒曽 
  此豊御酒者

 1句・2句「食國・遠乃御朝庭尓」は「食(を)す國(くに)の・遠(とほ)の御朝庭(みかど)に」と訓む。「食國」は、928番歌の13句に既出で、ここは下に連体助詞「の」を補読して「食(を)す國(くに)の」と訓む。「食」はサ行四段活用の他動詞「をす」の連体形「食(を)す」。「食(を)す」は、上代の文献で尊敬語として使われた語で、ヲサ(筬)、ヲサ(長)、ヲサム(治む)のヲサと同根であると見られる。ヲサ(筬)は織機の縦糸の乱れを整えるもの。ヲサ(長)は行政府の長官で、行政を整然と行う責任者。ヲサム(治む)は行政を統括し整然と実行すること。このようにヲサには、「整える、整然と行う」という意がある。ヲスは「治む」の尊敬語で、「食(を)す國(くに)」は、天皇が統治なさる国の意。「遠乃御朝庭」は、304番歌2句に「遠乃朝庭」、794番歌2句に「等保乃朝廷」の表記で既出。「遠乃」は、ク活用形容詞「とほし」の語幹「遠(とほ)」に連体助詞「の」(ノ音の常用音仮名で片仮名・平仮名の字源である「乃」で表記)がついたもので、「遠(とほ)の」と訓み、「隔たりの程度がはなはだしい。遠くの。遠方の。」の意。「御朝庭」は、「朝庭」「朝廷」に同じで「みかど」と訓む。「みかど」は、本来「御門」と書き、接頭語の「み」がついた「門」の尊敬語であり、そこから家や屋敷の尊敬語となり、特に天子・天皇の居処をいい、朝廷を表わす言葉となった。「遠(とほ)の御朝庭(みかど)」は、遠方の朝廷、すなわち太宰府をはじめ、国府その他地方にあって天皇の政事の行なわれるところの意に用いたもの。「尓」はニ音の常用音仮名で、場所を示す格助詞「に」。
 3句・4句「汝等之・如是退去者」は「汝(いまし)等(ら)が・如是(かく)退(まか)りなば」と訓む。「汝(いまし)」は二人称代名詞で、阿蘇『萬葉集全歌講義』に「イマスの名詞形。ナレよりは敬意は重いが、同輩以下にも用いられる程度に軽い。」とある。「等(ら)」は、主として人を表わす語また指示代名詞に付いて、複数であること、その他にも同類があることを示す接尾語。「之」は漢文の助字で、ここは格助詞「が」。「如是」(920番歌他に既出)は、コノゴトクの義で、副詞「かく」に用いたもの。「退去者」は、ラ行四段活用の自動詞「まかる」の連用形「退(まか)り」+完了の助動詞「ぬ」の未然形「な」(「去」で表記)+順接の仮定条件を表す接続助詞「ば」(「は」の訓仮名「者」を流用)=「退(まか)りなば」。吉井『萬葉集全注』は「○退(まか)り 派遣する。退出させる意の他動詞マク(下二段)に対する自動詞マカル(四段)。退出する、遠く出かける。ここから転じて、死ぬ意にも用いられた(2・二一八、3・三三七、5・八九四)。ここは遠く任地に赴くことをいう。」と注している。
 5句・6句「平久・吾者将遊」は「平(たひら)けく・吾(われ)は遊(あそ)ばむ」と訓む。5句「平久」は、443番歌の27句「平」および897番歌の3句「平氣久」と同句で、ク活用形容詞「たひらけし」の連用形(副詞法)「平(たひら)けく」と訓む。「たひらけし」は「平穏無事」の意の名詞「たひら」に接尾語「けし」が付いたもので、接尾語「けし」は、名詞などに付いてク活用の形容詞を作り、その性質や状態を表わす。「露(つゆ)けし」「のどけし」「さやけし」「あきらけし」などの例があげられる。「吾」は自称で「われ」と訓み、作者の聖武天皇をさす。「者」は漢文の助字で、係助詞「は」。「将遊」は、バ行四段活用の自動詞「あそぶ」の未然形「遊(あそ)ば」+意志・意向の助動詞「む」(漢文の助字「将」で表記)=「遊(あそ)ばむ」。「あそぶ」は、「日常的な生活から離れ、別な世界に心身を解放して陶酔する。」ことをいう。例えば「神祭り、音楽を奏し歌う。宴会をする。狩をする。気楽に動き回る。」など。
 7句・8句「手抱而・我者将御在」は「手抱(たむだ)きて・我(われ)は御在(いま)さむ」と訓む。「手抱」は、カ行四段活用の自動詞「たむだく」の連用形「手抱(たむだ)き」。「たむだく」は、「両手を組む。手をこまねいて何もしないでいる。」ことをいう。「而」は漢文の助字で、接続助詞「て」。「我者」は、6句の「吾者」に同じで、「我(われ)」は自称で、作者の聖武天皇をさし、「者」は漢文の助字で、係助詞「は」。「将御在」は、サ行四段活用の自動詞「います」の未然形「御在(いま)さ」+意志・意向の助動詞「む」(漢文の助字「将」で表記)=「御在(いま)さむ」。「います」は、存在を表す「あり」「をり」の存在主を敬っていう尊敬語で「いらっしゃる。おいでになる。」の意。ここは天皇自ら自身を敬っての表現。
 9句以降は、次回に続く。
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 15:48| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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