2018年11月06日

『万葉集』を訓(よ)む(その1318)

 今回は、973番歌の9句からを訓む。
 9句・10句「天皇朕・宇頭乃御手以」は「天皇(すめら)朕(われ)・うづの御手(みて)もち」と訓む。普通「皇」一字で「すめら」と訓み、「天皇」は「すめらぎ」と訓むが、ここでは「天皇」の二字で「すめら」と訓む。『日本国語大辞典』の「すめら」の補注に「この語形の基になる『すめ』は、地方神的な神をさす用例が多いが、『すめら』の形では、大部分が天皇、特に現在の天皇をさしていう表現に用いられている。」とある。「朕」は会意文字で、『字通』に「正字は に作り、舟+【送から「しんにょう」を除いた字】(そう)。 【送から「しんにょう」を除いた字】は両手でものを奉ずる形で、「送」はその字に従う。〔説文〕八下に『我なり』とし、また『闕』とあって、字の形義を不明としている。我は代名詞で、その字はもと鋸(のこぎり)の象。代名詞に用いるのは仮借。 を代名詞に用いるのも、おそらく仮借の義。」とある。「朕(われ)」は、天子の自称。「天皇(すめら)朕(われ)」は、作者の聖武天皇が「天皇である私の」と言ったもの。「宇」はウ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、「頭」はヅ音の準常用音仮名。「宇頭」は、名詞「うづ(珍)」を表し、「高貴、尊厳、珍貴なもの。」をいう。阿蘇『萬葉集全歌講義』に「『うづ』は、多く『うづの』の形で、名詞を修飾し、貴く立派であるもの、珍しいものである意をあらわす。『珍 于図』(神代紀上・訓注)。」とある。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。「うづの御手(みて)」は、自敬表現で、作者聖武天皇が「自らの手」を「貴い手」と言ったもの。「以」は319番歌に既出で、そこでは「もて」と訓んだが、ここはミテモテを避けて、ミテモチと音調の上から「もち」と訓むのが良い。意味は同じで、格助詞的に用いられて、手段・方法・材料などを示す。「…で(もって)。…によって。」の意。
 11句・12句「掻撫曽・祢宜賜」は「掻(か)き撫(な)でそ・ねぎ賜(たま)ふ」と訓む。「掻」はカ行四段活用の他動詞「かく」の連用形「掻(か)き」。「撫」はダ行下二段活用の他動詞「なづ」の連用形「撫(な)で」。「かきなづ」は、複合動詞で、「手、または、それに似た形のもので柔らかく、または、やさしくさする。」ことをいい、愛撫(あいぶ)する動作にいうことが多い。「曽」はソ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、係助詞「そ」。「祢」はネ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、「宜」はギ(乙類)音の常用音仮名。「祢宜」でもって、ガ行上二段活用の他動詞「ねぐ」の連用形「ねぎ」を表す。「ねぐ」には次の二つの意味があるが、ここは(2)の意。
(1)(請)神の心を慰め、その加護を願う。
(2)苦労を慰める。いたわる。ねぎらう。
なお、『日本国語大辞典』は「ねぐ」の補注で次のように述べている。

補注
1.(1)の意は通常「ねぐ(祈)」に含めて考えられているが、「時代別国語大辞典‐上代編」の、他の心を慰めいたわる意を原義とし、上位に対するとき願う意に、下位に対するときねぎらう意になるとする説に従う。「続日本紀」に「禰宜」の表記のある、神職の「ねぎ」も、この上二段活用動詞(1)の連用形の名詞化とすれば、「宜」が乙類の文字であるのとよく合う。
2.(2)は、連用形語尾の「疑・宜」が乙類の文字であるから、四段活用ではなく上二段活用と認められる。

 「賜」はハ行四段活用の他動詞「賜(たま)ふ」。補助動詞としての用法で、動作主を尊敬する意を表す。
 13句・14句「打撫曽・祢宜賜」は「打(う)ち撫(な)でそ・ねぎ賜(たま)ふ」と訓む。この二句は、前の11句・12と対句。13句は11句の「掻」を「打」に変えただけで、14句は12句と同句。「打」はタ行四段活用の他動詞「うつ」の連用形「打(う)ち」。「うつ」は「たたくような動作」をすることをいうが、ここではほとんど接頭語的用法で用いている。
 15句・16句「将還来日・相飲酒曽」は「還(かへ)り来(こ)む日(ひ)・相飲(あひの)まむ酒(き)そ」と訓む。「将還来」は、ラ行四段活用の自動詞「かへる」の連用形「還(かへ)り」+カ行変格活用の自動詞「く」の未然形「来(こ)」+推量の助動詞「む」(連体形。漢文の助字「将」で表記)=「還(かへ)り来(こ)む」。「日(ひ)」は「時間の単位としての一日」をいい、上の「還(かへ)り来(こ)む」を受けて、「帰って来るだろう、その日に」の意。「相飲」は、「共に」の意を表す接頭語「相(あひ)」+マ行四段活用の他動詞「のむ」の未然形「飲(の)ま」+意志・意向の助動詞「む」(連体形。無表記だが補読。)=「相飲(あひの)まむ」。「酒(き)」は「さけ(酒)」の古語。現在は「おみき(お神酒)」の形で「き」が残っている。「曽」は11句・13句に同じで、係助詞「そ」。
 17句「此豊御酒者」は「此(こ)の豊御酒(とよみき)は」と訓む。「此」(923番歌他に既出)は、近称の代名詞「こ」で、それに連体助詞「の」を補読して「此(こ)の」と訓む。「豊御酒(とよみき)」の「とよ」は美称で、「とよみき」は、酒をたたえていう語で「御酒。美酒。」の意。「者」は漢文の助字で、係助詞「は」。
 973番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  食(を)す國(くに)の 遠(とほ)の御朝庭(みかど)に
  汝(いまし)等(ら)が 如是(かく)退(まか)りなば
  平(たひら)けく 吾(われ)は遊(あそ)ばむ
  手抱(たむだ)きて 我(われ)は御在(いま)さむ
  天皇(すめら)朕(われ) うづの御手(みて)もち
  掻(か)き撫(な)でそ ねぎ賜(たま)ふ
  打(う)ち撫(な)でそ ねぎ賜(たま)ふ
  還(かへ)り来(こ)む日(ひ) 相飲(あひの)まむ酒(き)そ
  此(こ)の豊御酒(とよみき)は

  私が治めているこの国の 遠く離れた政庁に
  お前たちが このようにして出向いてくれたら
  心安らかに 私は遊んでいられよう
  手を組んで なんにもしないでいられよう
  天皇である私の 貴い手で
  (髪を)かき撫でて ねぎらいたまうぞ
  (頭を)うち撫でて ねぎらいたまうぞ
  お前たちが帰って来るだろうその日に 共に飲む酒であるぞ
  この美酒は 
posted by 河童老 at 16:25| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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