2018年11月15日

『万葉集』を訓(よ)む(その1320)

 今回は、975番歌を訓む。題詞に「中納言安倍廣庭卿歌一首」とある。「中納言(ちうなごん)」は、太政官の次官で、従三位相当官。大臣・大納言と共に政務を審議する。「安倍廣庭卿(あへのひろにはきやう)」は、安倍御主人(みうし)の子。御主人(みうし)は、大宝三年閏四月に右大臣従二位で薨、六十九歳。廣庭(ひろには)は、伊予守・宮内卿・左大弁・参議を経て、神亀四年に従三位中納言となり、天平四年二月二十二日薨、七十四歳。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  如是為管 在久乎好叙 
  霊剋 短命乎
  長欲為流

 1句「如是為管」は「如是(かく)為(し)つつ」と訓む。「如是」(973番歌他に既出)は、コノゴトクの義で、副詞「かく」に用いたもの。「為」はサ行変格活用の他動詞「す」の連用形「為(し)」。「管」(935番歌他に既出)は、活用語の連用形に付いて動作の並行・継続を表わす接続助詞「つつ」に宛てた借訓字。
 伊藤博『萬葉集釋注』に「おそらくは宴席の歌で、第一句の『かく』は心うち解けた人びととの宴飲をさすと考えられる。宴席の歌には、『こ』『かく』など、現場指示の語の多いのが、万葉歌の習い。」とある。
 2句「在久乎好叙」は「在(あ)らくを好(よ)みぞ」と訓む。「在久」は、ラ行変格活用の自動詞「あり」の連体形アルに形式体言アクがついたアルアクがアラクに変化したいわゆるク語法の「在(あ)らく」を表し、「あること」の意。「久」はク音の常用音仮名で、片仮名・平仮名の字源。「乎」はヲ音の常用音仮名(片仮名の字源)で、格助詞「を」。ここの「好」は、ク活用形容詞「よし」の語幹「好(よ)」に理由を表す接続助詞「み」を補読して、「好(よ)み」と訓む。「叙」はゾ(乙類)音の常用音仮名で、係助詞「ぞ」。「好(よ)みぞ」は「良いので」の意。
 3句「霊剋」は「たまきはる」と訓む。「霊剋」は、678番歌3句・897番歌1句・904番歌58句と同句で「たまきはる」と訓む。4番歌1句の「玉尅春」とも表記は異なるが同句。「霊」は「たま、たましい」の意。「剋」は「尅」と同じで、「刻む、切る」の意。「たまきはる」は枕詞で、語義及びかかり方は未詳だが、次のような言葉にかかる。

 ⑴「内」にかかる。4番歌と897番歌はこの例。
 ⑵「命(いのち)」にかかる。678番歌と904番歌および本歌はこの例。
 ⑶「磯(いそ)」「幾世(いくよ)」にかかる。4003番歌に「いくよ」にかかる例がある。
 ⑷「世(よ)」「憂(う)き世」にかかる。2398番歌に「世」にかかる例がある。 
 ⑸「吾が」「立ち帰る」「心」などにかかる。1912番歌に「吾が」にかかる例がある。

 4句「短命乎」は「短(みじか)き命(いのち)を」と訓む。「短」はク活用形容詞「みじかし」の連体形「短(みじか)き」。「命」(678番歌他に既出)は、「継続されるべき、ただし限りのある生の力。生命。また、寿命。」の意。「乎」は2句に同じ。
 5句「長欲為流」は「長(なが)く欲(ほ)りする」と訓む。「長」はク活用形容詞「ながし」の連用形(副詞法)の「長(なが)く」。「欲為流」は、サ行変格活用の他動詞「ほりす」の連体形「欲(ほ)りする」。「ほりす」は、ラ行四段活用の他動詞「ほる(欲)」の連用形にサ変動詞「す」の付いてできた語で、「望む。願う。ほっする。」意。ここは2句の係助詞「ぞ」の係り結びで連体形。連体形であることを明示するために、活用語尾「る」をル音の常用音仮名で片仮名の字源である「流」で表記したもの。
 975番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  如是(かく)為(し)つつ 在(あ)らくを好(よ)みぞ
  たまきはる 短(みじか)き命(いのち)を
  長(なが)く欲(ほ)りする

  こうして過ごすのが 楽しいからこそ
  (たまきはる) 短い命であるのに
  長かれと願うのですね
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 13:06| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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