2018年11月20日

『万葉集』を訓(よ)む(その1321)

 今回は、976番歌を訓む。題詞に「五年癸酉超草香山時神社忌寸老麻呂作歌二首」とあり、本歌と次の977番歌の二首は、「五年癸酉(きいう)」の年に、「神社忌寸老麻呂(かみこそのいみきおゆまろ)」が、「草香山(くさかやま)」を越える時に、作った歌である。「五年癸酉(きいう)」は、天平五年、七三三年。この後、995番歌まで、天平五年の歌が続く。「神社忌寸老麻呂(かみこそのいみきおゆまろ)」は、伝未詳で、この二首のみ。「草香山(くさかやま)」は、生駒山の西部の称。大阪府枚岡市に日下(くさか)町の名があり、草香の遺称地といわれる。
写本に異同はなく、原文は次の通り。

  難波方 潮干乃奈凝 委曲見
  在家妹之 待将問多米

 1句「難波方」は「難波方(なにはがた)[潟]」と訓む。この句は、229番歌および533番歌の1句と同句。「難波(なには)」は、大阪市の上町台地以東の地域の古称。「方」は象形文字(横にわたした木に、人を架した形)。「これを境界の呪禁とするので、外方・辺境の意となった。」と『字通』にある。和語の「かた」「へ」に宛てられ、方向や場所を示す。ここは「潟(かた)」の意に用いたもの。「潟(かた)」は「遠浅の海岸で、潮の満干によって隠れたり現われたりする地。」の意。「難波方(なにはがた)[潟]」は、「難波江」と同じく、大阪湾、特に旧淀川河口付近の海の古称で、淀川河口の付近では入江が深く入りこみ、潟湖となって葦が繁茂していたという。
 2句「潮干乃奈凝」は「潮干(しほひ)のな凝(ご)り」と訓む。この句も、533番歌の2句「塩干之名凝」と表記は異なるが同句。「潮干(しほひ)」は「潮が引くこと。ひき潮。潮がれ。また、潮が引いたあとの浜。干潟になった海岸。」をいう。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。「奈凝」は「な凝(ご)[名残]り」。「なごり」は「波残(なみのこり)」の変化したものといわれ、もともとは「浜、磯などに打ち寄せた波が引いたあと、まだ、あちこちに残っている海水。また、あとに残された小魚や海藻類もいう。」の意で、ふつう「余波」と書かかれる。それが転じて「ある事柄が起こり、その事がすでに過ぎ去ってしまったあと、なおその気配・影響が残っていること。余韻。余情。」となり、現代ではこちらの意で使われることが多く、「名残」と書かれる。『万葉集』には「なごり」の用例は五例あり、その表記は「名凝」が三例、「奈凝」が二例となっている。いずれも「ごり」には「凝」の字を用いており、「のこる」よりも「こる」という意味あいを持っていた言葉かも知れないと思い、「な凝(ご)り」と「凝」の字を残した。
 なお、1句・2句は、難波潟の潮が引いた後の海浜は、当時の都人には珍しく、美しく感じられたことから、「よく見ていたい」ことの譬喩として、次の「よく見(み)てむ」の序詞としたもの。
 3句「委曲見」は「よく見(み)てむ」と訓む。「委曲」は、17歌9句に既出でそこでは、漢語の「委曲(ゐきょく)」の意を踏まえて、「くわしいさま」を意味する和語の形容動詞「つばら」の連用形「委曲(つばら)に」と訓んだ。ここも「委曲(つばら)に見(み)む」と訓む説もあるが、六音となって音調が整わない。ここは、「十分に。念を入れて。」の意を表す副詞の「よく」と訓む。そしてここの「見」は、マ行上一段活用の他動詞「みる」の連用形「見(み)」に、完了の助動詞「つ」の未然形「て」と意志・意向の助動詞「む」を訓み添えて「見(み)てむ」と訓む。
 4句「在家妹之」は「家(いへ)なる妹(いも)が」と訓む。「在家」は漢文表記で、間に返り点をつけて「家(いへ)なる」と訓む。「家(いへ)」は「我が家」。「在」は指定の助動詞「なり」の連体形「なる」を表す。指定の助動詞「なり」は「にあり」が音韻変化して成立した語であり、ここでは「…にいる」という「なり」のもとの意味を表している。「妹(いも)」は、男性から結婚の対象となる女性、または、結婚をした相手の女性をさす称で、ここは「妻」。
 5句「待将問多米」は「待(ま)ち問(と)はむため」と訓む。「待」はタ行四段活用の他動詞「まつ」の連用形で「待(ま)ち」。「将問」は、ハ行四段活用の他動詞「とふ」の未然形「問(と)は」+推量の助動詞「む」(連体形。漢文の助字「将」で表記)で、「問(と)はむ」。「とふ」は「質問する。問いたずねる。」の意。「多」はタ音の常用音仮名(片仮名の字源)、「米」はメ(乙類)音の常用音仮名。「多米」は、名詞「ため」を表す。ここの「ため」は、上の語が、理由や原因になっていることを示す。
 976番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。
 
  難波方(なにはがた)[潟] 潮干(しほひ)のな凝(ご)り よく見(み)てむ
  家(いへ)なる妹(いも)が 待(ま)ち問(と)はむため 

  難波潟の 潮の引いたあとの様子を よく見ておこう
  家にいる妻が 私の帰りを待っていて尋ねるだろうから
posted by 河童老 at 15:36| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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