2019年03月19日

「河童老『万葉集』を訓む」の文庫本6冊目刊行

 この度、「河童老『万葉集』を訓む」の文庫本6冊目を刊行する運びになりました。今回は、2013年8月22日から12月2日までに書いたブログ分です。5年以上も経っているので、今、考えると理解が浅い点なども見られますが、書き換えは敢えてせず、その当時のままにして置くことにしました。内容は、歌番号でいえば、巻二の220番歌〜巻三の269番歌ということで、巻二の「挽歌」の後半部分から巻三「雑歌」の前半部分までを収録しています。
まず、柿本人麻呂の「狭岑島死人歌」(220〜222番歌)から始まり、同じく人麻呂の作で「臨死時自傷作歌」(223番歌)が続き、この歌の後に、人麻呂の死の知らせを聞いた妻依羅娘子の二首の挽歌(224・225番歌)、人麻呂の心で詠った丹比真人の歌(226番歌) ならびに妻の立場で詠った作者不明の或本の歌(227番歌)が続き、223〜227番歌の五首で一つの歌群を形成しています。その人麻呂の「臨死歌」と呼ばれる歌群をめぐる諸説については、閑話休題として考察をしています。続いて、巻二の最後に追補で掲載されたと思われる「寧樂宮(ならのみや)」の時代の「挽歌」七首(228〜234番歌、うち230番歌は長歌)で巻二が終わります。
 次に、巻三の雑歌にすすみます。巻三の冒頭は、「天皇御遊雷岳之時柿本朝臣人麻呂作歌一首」(235番歌)から始まり、「天皇と老女との問答歌」(236〜237番歌)「長忌寸意吉麻呂應詔歌一首」(238番歌)と続きます。そしてその後には、柿本人麻呂の「長皇子への献歌」と称される歌群(239〜241番歌)があります。これに続いて「弓削皇子遊吉野時御歌一首」(242番歌)とそれに答えた「春日王奉和歌一首」(243番歌)および242番歌の異伝「或本歌一首」(244番歌)、また「長田王被遣筑紫渡水嶋之時歌二首」(245〜246番歌)とそれに答えた「石川大夫和歌一首 [名闕] 」(247番歌)および「又長田王作歌一首」(248番歌)があり、ついで「柿本朝臣人麻呂覊旅歌八首」(249〜256番歌)となります。そして次に「鴨君足人香具山歌一首[并短歌]」「反歌二首」(257〜259番歌)と257番歌の異伝「或本歌云」(260番歌)のあと、「柿本朝臣人麻呂獻新田部皇子歌一首[并短歌]」「反歌一首」(261・262番歌)があり、「従近江國上来時刑部垂麻呂作歌一首」(263番歌)と「柿本朝臣人麻呂従近江國上来時至宇治河邊作歌一首」(264番歌)がこれに続きます。264番歌の解釈については、閑話休題で『萬葉集全注』の論説を紹介しています。残りの五首(265〜269番歌)は、「長忌寸奥麻呂歌一首」「柿本朝臣人麻呂歌一首」「志貴皇子御歌一首」「長屋王故郷歌一首」「阿倍女郎屋部坂歌一首」ということになります。
今回は、長歌六首と短歌四十四首の計五十首を収録しましたが、うち柿本人麻呂の歌が一番多く、長歌三首と短歌十七首の計二十首を占めています。
 以上、文庫本6冊目の内容紹介となりますが、読者諸氏からのご指摘ご批判を頂ければ幸甚に存じます。
posted by 河童老 at 18:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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