2019年05月08日

『万葉集』を訓(よ)む(その1361)

今回は、1015番歌を訓む。題詞に「榎井王後追和歌一首 [志貴親王之子也]」とあって、本歌は、「榎井王(えのゐのおほきみ)」が、前の「九年丁丑春正月橘少卿并諸大夫等集弾正尹門部王家宴歌二首」(1013・1014番歌)に「後(のち)に追和(ついわ)する歌(うた)」である。「榎井王(えのゐのおほきみ)」は注にあるように「志貴親王(しきのみこ)の子(こ)」であるが、伝未詳。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  玉敷而 待益欲利者 
  多鷄蘇香仁 来有今夜四 
  樂所念

 1句「玉敷而」は「玉(たま)敷(し)きて」と訓む。この句は、1013番歌の5句「珠(たま)敷(し)かましを」を承けたもの。「玉(たま)」は「珠(たま)」に同じで、「球形あるいはそれに近い形の美しくて小さい石などで、装飾品となるもの。」の総称。「敷」はカ行四段活用の他動詞「しく」の連用形「敷(し)き」。「しく」は「一面に並べる。広く散らばす。」ことをいう。「而」は漢文の助字で、接続助詞「て」。
 2句「待益欲利者」は「待(ま)たましよりは」と訓む。「待」はタ行四段活用の他動詞「まつ」の未然形「待(ま)た」。「まつ」は「人の到来を予期し、期待して、その場にとどまってじっとしている。」ことをいう。「益」は反実仮想の助動詞「まし」を表すための借訓字。「欲」「利」は、ヨ(甲類)音・リ音の常用音仮名で、「利」は片仮名・平仮名の字源。「欲利」で以って、格助詞「より」を表す。ここの「より」は、物事の比較を示す。「者」は漢文の助字で、係助詞「は」。
 3句「多鷄蘇香仁」は「たけそかに」と訓む。「多」はタ音の常用音仮名(片仮名の字源)、「鷄」はケ(甲類)音の音仮名、「蘇」はソ(甲類)音の常用音仮名、「香」はカ音の音仮名、「仁」はニ音の音仮名(平仮名の字源)。「多鷄蘇香仁」は、副詞「たけそかに」を表す。語義未詳だが、「不意に、突然の意か。または、たまたま、偶然の意か。」とされる。
 4句「来有今夜四」は「来(き)たる今夜(こよひ)し」と訓む。「来有」は、カ行変格活用の自動詞「く」の連用形「来(き)」++完了の助動詞「たり」の連体形「たる」(「有」で表記)=「咲(さ)きたる」。「たり」を「有」で表記しているのは、「たり」が、助詞「て」と「あり」との複合でできた語であるからである。「今夜(こよひ)」は、15番歌に既出で、「今夜(こんや)。今晩(こんばん)。」の意。「四」はシ音の音仮名で、副助詞「し」。
 5句「樂所念」は「樂(たの)しく念(おも)ほゆ」と訓む。「樂」はシク活用の形容詞「たのし」の連用形で「樂(たの)しく」。「たのし」は「精神的・身体的に満ち足りて快適である。愉快である。」ことをいう。「所念」(994番歌他に既出)は、ハ行四段活用の他動詞「おもふ」の未然形「念(おも)は」+自発の助動詞「ゆ」(漢文の助字「所」で表記)=「念(おも)はゆ」だが、オモハユのハが前の母音に引かれてホに転じて、「念(おも)ほゆ」と訓む。
 1015番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  玉(たま)敷(し)きて 待(ま)たましよりは
  たけそかに 来(き)たる今夜(こよひ)し 
  樂(たの)しく念(おも)ほゆ

  玉を敷いて 待って下さるよりは
  こうして突然に やってきた今夜の方が
  楽しく思われます 

 なお、この歌は、主人の立場に立って和しているのか、客の側に立って歌っているのか、の両説があって意見が分かれており、先の口訳は客の立場の作とする阿蘇『萬葉集全歌講義』によるものだが、主人の立場の作とする吉井『萬葉集全注』の口訳では次のようになっている。

  玉敷きて待たましという場合よりも
  不意に来られた今夜の方が
  一層楽しく思われます。

 参考までに、阿蘇『萬葉集全歌講義』の本歌の【歌意】を引用しておこう。

 一〇一三の歌に和した歌である。客側の立場の作、主人側の立場の作、両説あり、現在は、当然のことながら、客側の立場とする説が多い。なかで、集成・全注・釈注などは、主人側の立場とする。だが、主人側が客に対して「来(きた)る今夜(こよひ)」というのは、無礼な表現で、主人門部王は、現に「君来まさむと」と敬語を用いている。また、歓迎の気持ちをあらわす常套表現の「玉敷きて待たまし」よりは、なんの準備もせず客を迎えた方が楽しい、というのも、主人側の言葉としてふさわしいとは思われない。当然、本歌は、客側の立場で、門部王の歌に追和したとすべきである。
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 12:55| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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