2019年05月16日

『万葉集』を訓(よ)む(その1364)

 今回は、1018番歌を訓む。題詞に「十年戊寅元興寺之僧自嘆歌一首」とあり、これを訓読すると「十年(ねん)戊寅(つちのえとら)、元興寺(ぐわんごうじ)の僧(ほふし)の自(みづか)ら嘆(なげ)く歌(うた)一首(しゆ)」となる。本歌は、五・七・七・五・七・七の六句からなる旋頭歌である。
 なお、この歌には左注があり、作歌事情についての言い伝えを記しているので、それを見ておこう(現文・訓読文・口訳を阿蘇『萬葉集全歌講義』から引用)。

[原文] 右一首、或云元興寺之僧、獨覺多智、未有顯聞、衆諸狎侮。因此、僧作此歌、自嘆身才也。

[訓読文] 右(みぎ)一首(しゆ)、或(ある)いは云(い)はく、元興寺(ぐわんごうじ)の僧(ほふし)、独(ひと)り覚(さと)りて智(ち)多(おほ)けれども顕聞(あらは)れず、衆諸(もろひと)狎侮(あなづ)る。これに因(よ)りて僧(ほふし)この歌(うた)を作(つく)りて自(みづか)ら身(み)の才(ざえ)を嘆(なげ)く、といへり。

[口訳] 右の一首は、ある伝えによれば、元興寺の僧で、独りで悟りを開き、知識も豊かであった者が、世間に知られず、人々に軽んじ侮られていた。そこで、その僧は、この歌を作って、わが身の才の空しく埋もれていることを嘆いたのである。

 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  白珠者 人尓不所知 
  不知友縦 雖不知 
  吾之知有者 不知友任意

 1句「白珠者」は「白珠(しらたま)は」と訓む。「白珠(しらたま)」は、904番歌に「白玉」の表記により既出で、「白色の美しい玉。真珠。」の意。「者」は漢文の女児で、係助詞「は」。
 2句「人尓不所知」は「人(ひと)に知(し)らえず」と訓む。ここの「人(ひと)」は「世の人々」の意。「尓」はニ音の常用音仮名で、格助詞「に」。「不所知」は、ラ行四段活用の他動詞「しる」の未然形「知(し)ら」+受身の助動詞「ゆ」の未然形「え」(漢文の助字「所」で表記)+打消の助動詞「ず」(漢文の助字「不」で表記)=「知(し)らえず」。
 3句「不知友縦」は「知(し)らずともよし」と訓む。「不知」は、ラ行四段活用の他動詞「しる」の未然形「知(し)ら」+打消の助動詞「ず」(漢文の助字「不」で表記)=「知(し)らず」。「友」は借訓字で、仮定条件を示す接続助詞「とも」を表す。「縦」は「ゆるめる。ほしいまま」の意を持つことから、149番歌他の既出例では、副詞の「よし」に宛てて用いられていたが、ここはク活用形容詞の「よし」に用いたもの。
 4句「雖不知」は「知(し)らずとも」と訓む。「雖不知」は、3句の「不知友」に同じで、「知(し)らずとも」と訓む。仮定条件を示す接続助詞「とも」の表記をここでは漢文の助字「雖」に変えたもの。
 5句「吾之知有者」は「吾(われ)し知(し)れらば」と訓む。「吾(われ)」は自称で、作者をさす。「之」はシ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、婉曲表現の副助詞「し」。「知有者」は、ラ行四段活用の他動詞「しる」の連用形「知(し)り」+ラ行変格活用の自動詞「あり」の未然形「有(あ)ら」+仮定条件を示す接続助詞「ば」(「者(は)」を流用)=「知(し)り有(あ)らば」を表すが、それが約まった「知(し)れらば」と訓む。阿蘇『萬葉集全歌講義』に「シレラは、シレリ(シリアリ)となるので、ここはシレリの未然形。」とある。
 6句「不知友任意」は「知(し)らずともよし」と訓む。この句は、「よし」の表記が異なるが、3句と同句。「任意」は、「縦」と同様の意を持つことから、ク活用形容詞の「よし」に用いたもの。
 1018番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  白珠(しらたま)は 人(ひと)に知(し)らえず
  知(し)らずともよし 知(し)らずとも
  吾(われ)し知(し)れらば 知(し)らずともよし

  白玉は その真価を人に知られない
  知らなくてもよい 人知らずとも
  自分さえ価値を知っていたら 知らなくてもよい
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 14:18| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: