2019年05月24日

『万葉集』を訓(よ)む(その1366)

 今回は、1020・1021番歌を訓む。本歌は、「石上乙麻呂卿配土左國之時歌三首[并短歌]」の二首目で、石上乙麻呂の妻の立場で詠まれた二十三句からなる長歌である。本歌の歌番号については、阿蘇『萬葉集全歌講義』が次のように述べている。

 なお、一〇二〇、一〇二一の歌番号は、長歌一首に付された異例のものであるが、寛永二十年に板行された寛永版本万葉集が、長歌二首目の、「王命恐見刺並國尓出座愛耶吾背乃公矣」で改行されていたので、同版本を底本として、歌番号を付した国歌大観歌集部萬葉集(明治三十六年三月)が、短歌一首と見誤り、一〇二〇の番号を付した上に、続く行頭に、一〇二一の歌番号を付したことから、一首の長歌に、二首の歌番号が付される結果となった。万葉集研究の歴史の中で歌番号のもつ重大さを顧慮して、軽々に歌番号を変更したりしないことの意味は大きいと言わなければならない。

 右の引用文の中で、「寛永版本万葉集が、長歌二首目の、『王命恐見刺並國尓出座愛耶吾背乃公矣』で改行されていたので」とあるが、実際の寛永版本では、この後半部分は「國尓出座耶吾背乃公矣」で「愛」の字はない。この部分は「國尓出座耶(クニニイデマスヤ) 吾背乃公矣(ワガセノキミヲ)」と二句に分けて訓まれ、初句よりここまでを一首の短歌として区切っていたのである。ところが、加藤千蔭『萬葉集略解』に「宣長云、或人の説に、此王命恐云々は次なる長歌の初也。さて出座の下文字脱たり。國尓出座。○○○(ハシキ)耶(や)○(シ)。吾背乃公矣。繋巻裳。云々とつゞく也。」とあることを承けて、澤瀉久孝(「愛耶」美夫君志昭和三十四年十二月)は、「愛」一字でハシキとよむ例があること、「耶」と同じ疑問辞である「哉」をヤシとよむ例があることをあげて、ここは「愛」一字の脱と考えた。この澤瀉説により、当該部分は「國尓出座 愛耶 吾背乃公矣」と三句に分けて訓まれるようになり、ほぼこれが定説になっている。

 写本の異同としては、第一に『西本願寺本』以下の諸本には、3句二字目<並>の下に「之」の字が見え、『元暦校本』『紀州本』などには「之」の字はないことが挙げられるが、古本に従って「之」は無いものとした。次に5句の<愛>の字は、いずれの写本にもないが、脱字と見る澤瀉説に従った。14句三字目<埼>は、『西本願寺本』などに「崎」とあるが、『元暦校本』『細井本』に「埼」とあるのを採る。18句四字目<令>は、『西本願寺本』などは「合」とするが、『元暦校本』『紀州本』の「令」を採る。19九句一字目<莫>は、いずれの写本でも「草」とあるが、宣長『玉勝間』が、「草」は「莫」の誤りであるとしたのを採った。原文は次の通り。

  王 命恐見 刺<並> 國尓出座
   <愛>耶 吾背乃公矣 繋巻裳 湯々石恐石
  住吉乃 荒人神 船舳尓 牛吐賜
  付賜将 嶋之<埼>前 依賜将 礒乃埼前
  荒浪 風尓不<令>遇 <莫>管見 身疾不有
  急 令變賜根 本國部尓

 1句・2句「王・命恐見」は「王(おほきみ)の・命(みこと)恐(かしこ)み」と訓む。1句・2句は、1019番歌の9句・10句「王・命恐」と「み」の無表記か表記かの違いがあるだけで、同句。「王」は下に連体助詞「の」を補読して「王(おほきみ)の」と訓む。「王(おほきみ)」は時の天皇である聖武天皇をさす。「命(みこと)」は「天皇のお言葉」の意で、「み」は接頭語、「こと(言)」を敬っていったもの。「恐」は、形容詞「かしこし」の語幹の「恐(かしこ)」で、「恐れ多いこと。」の意。「見」は「み(甲類)」の準常用訓仮名で、接尾語(機能的には接続助詞とみられる)「み」を表す。この「み」は「恐れ多いので」という理由表現ではなく、「恐れ謹んで」「畏み承って」の意。
 3句・4句「刺並・國尓出座」は「さし並(なら)ぶ・國(くに)に出(い)で座(ま)す」と訓む。「刺並」は、バ行四段活用の自動詞「さしならぶ」の連体形「さし並(なら)ぶ」。「さし」は接頭語で、その表記に借訓字「刺」を用いたもの。「さしならぶ」は、「対(つい)になって並ぶ。並んでいる。」ことをいう。「さし並(なら)ぶ國(くに)」とは、土佐国と紀伊国が海を隔てて並んでいることを言ったもの。「尓」はニ音の常用音奏で、場所を示す格助詞「に」。「出座」は、ダ行下二段活用の自動詞「いづ」の連用形「いで」に尊敬の補助動詞「ます」が付き一語になった、サ行四段活用の自動詞「いでます」の連体形「出(い)で座(ま)す」。「いでます」は、「お出になる。お出かけになる。」の意。
 5句・6句「愛耶・吾背乃公矣」は「愛(は)しきやし・吾(わ)が背(せ)の公(きみ)を」と訓む。5句「愛耶」は、先に述べたとおり、全ての写本に「愛」の字はないが、脱字と見て加え一句としたもので、454番歌1句・466番歌5句・787番歌3句の「愛八師」及び986番歌1句の「愛也思」と「やし」の表記は異なるが、同句。「愛」はシク活用形容詞「はし」の連体形で「愛(は)しき」。「はし」は「いとおしい。かわいらしい。慕わしい。」の意。「耶」は漢文の助字で、間投助詞「やし」を表す。「吾」は自称「わ」に連体修飾の格助詞「が」を補読して「吾(わ)が」。「背(せ)」(286番歌他に既出)は、夫、兄弟、恋人などすべて男性を親しんでいう語で、主として女性が男性を呼ぶのに用いるもの。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、同格の格助詞「の」。「公(きみ)」(1013番歌他に既出)は「貴人を敬っていう」語。「吾(わ)が背(せ)の公(きみ)」は、作者が夫である「石上乙麻呂」をさして言ったもの。「矣」(483番歌他に既出)は漢文の助字であるが、訓仮名「を」として用いられたもので、動作の対象を示す格助詞「を」を表す。
 以上の句までに1020番の歌番号が付されているので、1021番号が付されている7句以降は、次回に続くものとする。
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 21:32| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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