2019年05月29日

『万葉集』を訓(よ)む(その1367)

今回は、1020・1021番歌の7句からを訓む。
 7句・8句「繋巻裳・湯々石恐石」は「繋(か)けまくも・ゆゆし恐(かしこ)し」と訓む。7句「繋巻裳」は、199番歌1句「挂文」、475番歌1句「挂巻母」、478番歌1句「挂巻毛」、948番歌21句「决巻毛」と表記は異なるが同句。「繋」はカ行下二段活用の他動詞「かく」の未然形「繋(か)け」。「かく」には、「言葉にかける、言葉に出す。」または「心にかける、心に思う。」の意があるが、ここは「心にかける」意。「巻」は「まく」を表わすための借訓字。「まく」は「むあく」の約まったもので、意志・推量の助動詞「む」のク語法。ク語法(既出)は、活用語を体言化する語法で、活用語の連体形に形式体言のアクが付いた形。「裳」は「も」の常用訓仮名で、係助詞「も」。「湯」は「ゆ」の常用訓仮名、「石」は「し」の準常用訓仮名で、「湯々石」は、シク活用形容詞「ゆゆし」を表す。「ゆゆし」は「忌み憚り慎まれる」ことをいう。「恐石」は、ク活用形容詞「恐(かしこ)し」で、尊い者、権威ある者に対して、おそれ敬う気持ちを表し、「おそれ多い。もったいない。」の意。
 9句・10句「住吉乃・荒人神」は「住吉(すみのえ)の・荒人神(あらひとがみ)」と訓む。997番歌1句「住吉乃」は「住吉(すみのえ)の」と訓む。9句は、121番歌・394番歌の3句および997番歌1句と同句。「住吉」は、摂津国の古郡名で、平安初期以降「すみよし」と呼称される。歌枕の一つ。「吉」はエともエシとも訓まれたので、日吉神社ももとヒエであったのがヒヨシとなったのと同じで、「住吉」も萬葉の時代には「すみのえ」と訓まれ、後に「すみよし」となったものである。「乃」は、ノ(乙類)音の常用音仮名、片仮名・平仮名の字源で、連体助詞「の」。「荒人神(あらひとがみ)」は「現人神」とも書き、「随時、姿を現わして、霊威を示す神。霊験の著しい神。」のことで、多く、住吉や北野の神をいう。
 11句・12句「船舳尓・牛吐賜」は「船(ふな)の舳(へ)に・うしはき賜(たま)ひ」と訓む。11句は、894番歌の37句・51句と同句。「船舳」は、間に連体助詞「の」を入れて「船(ふな)の舳(へ)」と訓み、「船の舳先。船首。」の意。「尓」はニ音の常用音仮名で、場所を示す格助詞「に」。「牛吐」は、カ行四段活用の他動詞「うしはく」の連用形「うしはき」を表す。「牛」「吐」は共に借訓字。「うしはく」は、「うし(主)として領有する」の意で、「おさめる。統治する。」ことをいう。「賜」はハ行四段活用の他動詞「たまふ」の連用形「賜(たま)ひ」。ここの「たまふ」は動作の主を尊敬する意を表す補助動詞。
 13句・14句「付賜将・嶋之埼前」は「付(つ)[着]き賜(たま)はむ・嶋(しま)の埼前(さきざき)」と訓む。「付」はカ行四段活用の自動詞「つく」の連用形「付(つ)き」。「つく」の意味は多岐にわたり、使われる漢字も「付」以外に「着」「就」「即」「憑」があり、意味によって使い分けられている。ここの意味は「進んで行ってある場所に至る」ということなので「着」の字がふさわしい。「賜将」は、ハ行四段活用の他動詞「たまふ」の未然形「賜(たま)は」+推量の助動詞「む」(連体形。漢文の助字「将」で表記。)=「賜(たま)はむ」。「たまふ」は、12句に同じで、動作の主を尊敬する意を表す補助動詞。「嶋」は「島」に同じで、「周囲を水で囲まれた陸地」をいう。「之」は漢文の助字で、連体助詞「の」。「埼前」は、「陸地が海や湖などの中へつきでた所」をいう「崎(さき)」に、「ものの先端や末端」をいう「前(さき)」が付いたもので、「埼前(さきざき)」。
 15句・16句「依賜将・礒乃埼前」は「依(よ)[寄]り賜(たま)はむ・礒(いそ)の埼前(さきざき)」と訓む。「依」はラ行四段活用の自動詞「よる」の連用形「依(よ)り」。「よる」の意味も多岐にわたり、使われる漢字も「依」以外に「寄」「倚」「凭」「拠」「縁」「因」「由」があり、意味によって使い分けられている。ここの意味は「途中でおとずれる」ということなので「寄」の字がふさわしい。「賜将」は13句に同じ。「礒」は「磯」に同じで、「岩石の多い波打ちぎわ」をいう。「乃」は、9句に同じで、連体助詞「の」。「埼前」は14句に同じ。15句・16句は、13句・14句と二句対をなす。
 17句・18句「荒浪・風尓不令遇」は「荒(あら)き浪(なみ)・風(かぜ)に遇(あ)はせず」と訓む。「荒浪」は、226番歌に既出で、そこでは「荒浪(あらなみ)」と訓んだが、ここでは、ク活用形容詞「あらし」の連体形「荒(あら)き」+「浪(なみ)」=「荒(あら)き浪(なみ)」と訓む。意味は「荒浪(あらなみ)」に同じで「荒れ立つ波。勢いの激しい波。」をいう。ここの「風(かぜ)」は「荒浪(あらなみ)」を起こすような「強い風」をいう。「尓」は11句に既出で、受身・使役の対象を示す格助詞「に」。「不令遇」は、サ行下二段活用の他動詞「あはす」の未然形「遇(あ)はせ」(「令遇」で表記)+打消の助動詞「ず」(連用形。漢文の助字「不」で表記)=「遇(あ)はせず」。「あはす」は、「ある現象や事件などにぶつかるようにする。経験させる。」ことをいう。
 19句・20句「莫管見・身疾不有」は「つつみ莫(な)く・身疾(やまひ)有(あ)らせず」と訓む。「莫」は否定を表す漢文の助字で、ク活用形容詞「なし」の連用形「莫(な)く」。漢文表記なので前にあるが、日本語の語順では「管見」の後ろになる。「管見」は、動詞「つつむ(恙)」の連用形が名詞化した「つつみ」を表す。「管」は「つつ」を表すための借訓字。「見」は「み(乙類)」の準常用訓仮名。「つつみ」は、「さしさわり。病気。つつが。」の意。「身疾」は、「身(み)を疾(や)む」意で、「やまひ」と訓む。「不有」は、ラ行変格活用の自動詞「あり」の未然形「有(あ)ら」+使役の助動詞「す」の未然形「せ」(無表記だが補読)+打消の助動詞「ず」(連用形。漢文の助字「不」で表記)=「有(あ)らせず」。
 21句・22句「急・令變賜根」は「急(すむや)けく・變(かへ)[帰]し賜(たま)はね」と訓む。「急」はク活用形容詞「すむやけし」の連用形「急(すむや)けく」。「すむやけし」は、「すみやかだ。早い。」の意。「令變」は、サ行四段活用の他動詞「かへす」の連用形「變(かへ)し」。「かへす」の意味も多岐にわたり、使われる漢字も「變」以外に「反」「返」「帰」「覆」があり、意味によって使い分けられている。ここの意味は「もとの場所に行かせる。帰らせる。」ということなので「帰」の字がふさわしい。使役を示す漢文の助字「令」を上に冠することにより、「かへる」ではなく「かへす」であることを明示している。「賜」は13句・15句と同じく、ハ行四段活用の他動詞「たまふ」の未然形「賜(たま)は」。「根」は「ね」の常用訓仮名で、希望の終助詞「ね」を表す。
 23句「本國部尓」は「本(もと)の國(くに)へに」と訓む。「本國」は、間に連体助詞「の」を入れて「本(もと)の國(くに)」と訓み、「大和の国」をさす。「部」は「へ(甲類)」の常用訓仮名で、「あたり。ほとり。そば。」の意の「辺(へ)」を表す。「尓」は11句に同じで、格助詞「に」。
 1020・1021番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  王の 命(みこと)恐(かしこ)み
  さし並(なら)ぶ 國(くに)に出(い)で座(ま)す 
  愛(は)しきやし 吾(わ)が背(せ)の公(きみ)を
  繋(か)けまくも ゆゆし恐(かしこ)し
  住吉(すみのえ)の 荒人神(あらひとがみ)
  船(ふな)の舳(へ)に うしはき賜(たま)ひ
  付(つ)[着]き賜(たま)はむ 嶋(しま)の埼前(さきざき)
  依(よ)[寄]り賜(たま)はむ 礒(いそ)の埼前(さきざき)
  荒(あら)き浪(なみ) 風(かぜ)に遇(あ)はせず
  つつみ莫(な)く 身疾(やまひ)有(あ)らせず
  急(すむや)けく 變(かへ)[帰]し賜(たま)はね
  本(もと)の國(くに)へに

  大君の ご命令を恐れ畏んで
  並んでいる 土佐の国においでになる
  いとしい 私の夫の君を
  口に出すのも つつしまれる恐れ多い
  住吉の 現人神よ
  船の舳先に 鎮座され
  お着きになる 島の崎々や
  お寄りになる 磯の崎々で
  荒い波や 風に遭わせないで
  さし障りなく 病気にもかからせず
  早く お帰し下さい
  もとの国大和の方に
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 13:56| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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