2019年08月10日

『万葉集』を訓(よ)む(その1388)

 今回は、1042番歌を訓む。題詞に「同月十一日登活道岡集一株松下飲歌二首」とある。これを訓読すると、「同(おな)じ月(つき)十一日(にち)に、活道(いくぢ)の岡(をか)に登(のぼ)り、一株(ひともと)の松(まつ)の下(した)に集(つど)ひて飲(うたげ)する歌(うた)二首(しゆ)」となる。「同(おな)じ月(つき)」というのは、前歌の題詞にあった「十六年甲申春正月」で、天平十六年正月をいう。「活道(いくぢ)の岡(をか)」については、阿蘇『萬葉集全歌講義』に「活道の山とも呼ばれ、安積皇子がしばしば狩に出かけた所として、その挽歌(3・四七八)に歌われている。所在地は明らかでないが、久迩京の東京極に位置する。現在の恭仁大橋北東の流岡山(ながれおかやま)説が有力。」とある。本歌には、「右一首市原王作」との左注があり、「市原王(いちはらのおほきみ)」の歌である。市原王は、412・662番歌の作者として既出。安貴王(あきのおほきみ)の子で、天平十五年(743)五月に無位から従五位下に叙せられ、もっぱら写経・造寺・造仏関係の官職を歴任し、正五位下に至っているが、天平宝字八年(764)の仲麻呂の乱後、史上から姿を消しているので、仲麻呂派に属していたものと思われる。なお、正倉院文書にはこの王自筆の書状が残されている。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  一松 幾代可歴流
  吹風乃 聲之清者
  年深香聞

 1句「一松」は「一(ひと)つ松(まつ)」と訓む。「一(ひと)つ松(まつ)」は、題詞に「一株(ひともと)の松(まつ)」とあるもので、「一本松」のこと。『万葉集』では本歌の一例のみだが、古事記歌謡・29に「比登都麻都」、日本書紀歌謡・27に「比苔菟麻菟」「比等菟麻菟」の表記で歌われている。
 2句「幾代可歴流」は「幾代(いくよ)か歴(へ)ぬる」と訓む。「幾代(いくよ)」(34・355番歌に既出)は、「どれほどの世代、どのくらいの年月」の意。「可」はカ音の常用音仮名で、疑問の係助詞「か」。「歴流」は、ハ行下二段活用の自動詞「ふ」の連用形「歴(へ)」+完了の助動詞「ぬ」の連体形「ぬる」(活用語尾の「る」をル音の常用音仮名「流」で表記)=「歴(へ)ぬる」。「ふ(歴)」は「時が来てまた、去っていく。時間が過ぎていく。経過する。」ことをいう。
 3句「吹風乃」は「吹(ふ)く風(かぜ)の」と訓む。「吹風」は59・606六番歌に既出。「吹」はカ行四段活用の自動詞「ふく」の連体形「吹(ふ)く」。「ふく」は「気体が動く。風がおこる。風が出る。」ことをいう。「風(かぜ)」は「空気の流れ」。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。
 4句「聲之清者」は「聲(おと)の清(きよ)きは」と訓む。「聲」は『名義抄』に「聲 コヱ・キク・ナ・ラ(ヨ)シ・イラフ・アラハス・オト・ナラス・ノノシル」とあり、既出例でも924番歌ではコヱと訓み、790番歌ではオトと訓んだ。ここは790番歌同様オトと訓む。前にも引用したが、『日本国語大辞典』に「おと【音・声・響】 広義には、聴覚で感ずる感覚全般。狭義には、生物(有情物)の『こえ』以外の物理的音声。」とあって「水・風・波などの自然現象や、楫(かじ)などの無生(無情)物の発する音響。衝撃・摩擦によるひびき。楽器でも、古くは特に、鈴、鐘、鼓など打楽器類の音声に偏って使われる傾向がある。後には、生物の声以外の物理的音声全てをさす。」と解説している。ここは自然現象の「吹く風のおと」。「之」は漢文の助字で、格助詞「の」。「清」はク活用形容詞「きよし」の連体形で「清(きよ)き」。「きよし」は「物事について、けがれやよごれがなく、美しいさまである。」と『日本国語大辞典』にある。「者」も漢文の助字で、係助詞「は」。
 5句「年深香聞」は「年(とし)深(ふか)みかも」と訓む。「年深」は、378番歌3句と同じで、「年(とし)深(ふか)み」と訓む。「年(とし)」は「経過した歳月」の意。「深」はク活用形容詞「ふかし」の語幹「深(ふか)」に接尾語「み」を補読して「深(ふか)み」。「ふかし」は「事の始まりから時がかなりたっているさま」をいう語で、「年」に「深し」と言った例は、本歌以外に次の三例がある。378番歌「舊堤者(フルキツツミハ) 年深(トシフカミ)」、619番歌「年深(トシフカク) 長四云者(ナガクシイヘバ)」、4159番歌「根乎延而(ネヲハヘテ) 年深有之(トシフカカラシ) 神佐備尓家里(カムサビニケリ)」。「香」はカ音の音仮名、「聞」は字音モンで、モの略音仮名。「香聞」は、詠嘆・感動を表わす終助詞「かも」。
 1042番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  一(ひと)つ松(まつ) 幾代(いくよ)か歴(へ)ぬる
  吹(ふ)く風(かぜ)の 聲(おと)の清(きよ)きは
  年(とし)深(ふか)みかも

  この一本松は 幾代を経てきているのであろうか
  この松に吹く風の 音が清らかなのは
  年輪を深めてきているためであろうかなあ
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 11:22| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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