2019年08月21日

『万葉集』を訓(よ)む(その1391)

 今回は、1045番歌を訓む。「傷惜寧樂京荒墟作歌三首[作者不審]」の二首目で、「寧樂(なら)の京(みやこ)の荒(あ)れたる墟(あと)を傷(いた)み惜(を)しみて」作った歌。作者は不詳。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  世間乎 常無物跡 
  今曽知 平城京師之 
  移徙見者

 1句「世間乎」は「世間(よのなか)を」と訓む。この句は、210番歌の15句および、351・893番歌の1句と同句。「世間」は漢語で、音読みでは「せけん」。『史記』の李斯伝に「夫(そ)れ人生まれて世間に居るや、譬(たと)へば猶ほ六驥(りくき)を騁(は)せて、決隙(けつげき)(わずかのすきま)を過ぐるがごとし。」とあり、「この世。世の中。」の意。ここでは「世間(よのなか)」と訓む。「乎」はヲ音の常用音仮名(片仮名の字源)で格助詞「を」。
 2句「常無物跡」は「常(つね)無(な)き物(もの)と」と訓む。「常(つね)」(308番歌他に既出)は「常住。いつまでも変わらずあること」をいう。「無」はク活用形容詞「なし」の連体形「無(な)き」。「物(もの)」は用言の連体形を受けてそれを一つの概念として体言化する型式名詞で、ここでは前の「常無」を受けて「常(つね)無(な)き物(もの)」という概念を示す。「跡」は「と(乙類)」の常用訓仮名で、格助詞「と」。
 3句「今曽知」は「今(いま)そ知(し)る」と訓む。「今(いま)」(1037番歌ほかに既出)は、「過去と未来との境になる時。現在。」をいう。「曽」はソ(乙類)音の常用音仮名で、強い指示を表す係助詞「そ」。「知」はラ行四段活用の他動詞「しる」の連体形で「知(し)る」。「しる」は「物事の意味、内容、情趣、本質などを理解する。」ことをいう。
 4句「平城京師之」は「平城(なら)の京師(みやこ)の」と訓む。「平城京師」は、前歌(1044番歌)の「寧樂乃京師」と同じく「平城(なら)の京師(みやこ)」と訓む。「平城」は、330番歌に「平城京(ならのみやこ)」として既出で、「平城」の二字で「なら」と訓む。なお、「奈良の都」が「平城京」と名付けられたのは、「『平』は『ならす(平らかにする)』で、奈良(なら)の地名は、平坦な地の意で、そこに設けられた都城だから」(西宮『萬葉集全注』330番歌の注)とされる。「京師」は漢語で、『公羊伝』(『春秋』の注釈書)に、「京師とは何ぞ、天子の居なり。京とは何ぞ、大なり。師とは何ぞ、衆なり。天子の居は、必ず衆大の辭を以て之れを言ふ。」とある。和語の「みやこ(都)」に宛てたもの。「之」は漢文の助字で、格助詞「の」。
 5句「移徙見者」は「移徙(うつろ)ふ見(み)れば」と訓む。「移徙」は、478番歌の19句「移尓家里」を「移(うつ)ろひにけり」、583番歌の2句「徙安久」を「徙(うつろ)ひ安(やす)く」と訓んだ例により、ハ行四段活用の自動詞「うつろふ」の連体形「移徙(うつろ)ふ」と訓む。「徙」は『玉篇』に「移也」とあり、「移」に同じ。「うつろふ」は「移る」の未然形に反復・継続を表わす助動詞「ふ」の付いた「うつらふ」が変化したもので、ここは「都の荒廃してゆく」ことをいう。「見者」(1037番歌他に既出)は、マ行上一段活用の他動詞「見る」の已然形「見れ」+順接の確定条件を表わす接続詞「ば」で、「見(み)れば」。
 1045番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  世間(よのなか)を 常(つね)無(な)き物(もの)と
  今(いま)そ知(し)る 平城(なら)の京師(みやこ)の
  移徙(うつろ)ふ見(み)れば

  世の中を 無常なものと
  今こそ思い知った 奈良の都が
  荒れ果てて行くのを見ると
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 14:23| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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