2018年08月21日

『万葉集』を訓(よ)む(その1297)

 今回は、956番歌を訓む。題詞に「帥大伴卿和歌一首」とある。「帥大伴卿」は、331番歌の題詞に既出で、大宰帥(だざいのそち)であった大伴旅人をさす。本歌は、大伴旅人が、前の石川足人の歌(955番歌)に「和(こた)へた」歌ということになる。
 写本の異同は、3句の「御食國」の「御」の字が、『類聚古集』『紀州本』には無いことがあげられるが、『元暦校本』『西本願寺本』に従って、「御食國」とした。原文は次の通り。

  八隅知之 吾大王乃 
  御食國者 日本毛此間毛 
  同登曽念

 1句「八隅知之」は「八隅知(やすみし)し」と訓む。「八隅知之」は、直近では938番歌1句に既出。「八隅知(やすみし)し」と訓み、「わが大君」または「わご大君」にかかる枕詞としての常套句で、八方を統べ治める意を表わす。
 2句「吾大王乃」は「吾(わ)が大王(おほきみ)の」と訓む。「吾大王乃」も、直近では938番歌2句に既出。「吾」は、連体助詞の「が」を読み添えて「吾(わ)が」。「大王」は、大和国家の王者が諸豪族に超越する立場を獲得するに至って「王(きみ)」のうちの大なる者の意で「大王(おほきみ)」と称するようになったもの。ここでは、聖武天皇を指す。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、格助詞「の」。
 3句「御食國者」は「御食(を)す國(くに)は」と訓む。「御食」は、サ行四段活用の他動詞「をす」の連体形「御食(を)す」と訓む。「をす」は、上代の文献で尊敬語として使われた語で、ヲサ(筬)、ヲサ(長)、ヲサム(治む)のヲサと同根であると見られる。ヲサ(筬)は織機の縦糸の乱れを整えるもの。ヲサ(長)は行政府の長官で、行政を整然と行う責任者。ヲサム(治む)は行政を統括し整然と実行すること。このようにヲサには、「整える、整然と行う」という意がある。「をす」は、天皇が統治なさる国の意で「をす國(くに)」と使うことが多く、ヲスは「治む」の尊敬語、すなわちお治めになる意である。「御食」の表記は、尊敬語「をす」と訓むことを明示したものであるが、928番歌13句の「食國」を「食(を)す國(くに)」と訓んだ例のように、「食」一字でも「をす」と訓む。
 4句「日本毛此間毛」は「日本(やまと)も此間(ここ)も」と訓む。「日本」は、これまでに九例(44・52・63・319・359・366・367・389・475番歌)を数えるが、319番歌のみ「ひのもと」と訓んだ以外は全て「やまと」と訓んだ。ここも「日本(やまと)」と訓み、都のある「大和国」の意。「毛」はモ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、係助詞「も」。「此間」は、代名詞の「此間(ここ)」と訓み、太宰府のある「筑紫(九州)」を指す。「毛」は上に同じ。
 5句「同登曽念」は「同(おな)じとそ念(おも)ふ」と訓む。「同」はシク活用形容詞「おなじ」の終止形で「同(おな)じ」。「登」はト(乙類)音の常用音仮名で、格助詞「と」。「曽」はソ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、係助詞「そ」。「念」は「念」はハ行四段活用の他動詞「おもふ」の連体形「念(おも)ふ」。
 956番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  八隅知(やすみし)し 吾(わ)が大王(おほきみ)の
  御食(を)す國(くに)は 日本(やまと)も此間(ここ)も
  同(おな)じとそ念(おも)ふ

  (やすみしし) われらの大君の
  治めておいでになる国は 大和もここ筑紫も
  変わりはないと思います
posted by 河童老 at 12:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月31日

『万葉集』を訓(よ)む(その1292)

 今回は、951番歌を訓む。「五年戊辰幸于難波宮時作歌四首」の二首目。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  見渡者 近物可良 
  石隠 加我欲布珠乎 
  不取不巳

 1句「見渡者」は「見渡(みわた)せば」と訓む。この句は283番歌3句・326番歌1句と同句。サ行四段活用の他動詞「みわたす」の已然形「見渡(みわた)せ」+順接の確定条件を表す接続助詞「ば」(「は」の訓仮名「者」を流用して表記)で、「見渡(みわた)せば」。「みわたす」は「こちらからかなたをはるかに見やる。」ことをいう。ちなみに、「見渡(みわた)せば」の句は、本歌を含め『万葉集』に八例あり、1句に使われているのが五例(326・951・1872・1913・1970)、3句に使われているのが三例(283・1030・1160)で、全て表記は同じ「見渡者」である。
 2句「近物可良」は「近(ちか)きものから」と訓む。「近」はク活用形容詞「ちかし」の連体形「近(ちか)き」。「ちかし」は、「空間・距離の隔たりが少ない」ことをいう。「物可良」(766番歌に既出)は、逆接の確定条件を示す接続助詞「ものから」を表す。「ものから」は、形式名詞「もの」(「物」で表記)に名詞「から」(カ音・ラ音の常用音仮名「可良」で表記。「良」は片仮名・平仮名の字源。)の付いてできたもので、活用語の連体形を受ける。この「から」を格助詞とする説もあるが、中古以前の原因・理由を表わすと見られる「から」はまだ体言と考えなければならない。
 3句「石隠」は「石隠(いはがく)り」と訓む。ここの「石」は、948番歌29句と同様、「いし」ではなく「いは」と訓む。「石隠」は、ラ行四段活用の自動詞「いはがくる」の連用形で「石隠(いはがく)り」。「いはがくる」は「岩の間に隠れる。岩かげに隠れる」ことをいう。
 4句「加我欲布珠乎」は「かがよふ珠(たま)を」と訓む。「加」「我」「欲」「布」は、各々、カ音・ガ音・ヨ(甲類)音・フ音の常用音仮名で、「加」は片仮名・平仮名の字源。「加我欲布」は、ハ行四段活用の自動詞「かがよふ」(連体形)を表し、「きらきら光ってゆれ動く。きらきらゆれる。」意。「珠(たま)」は、「玉」に同じで、球形あるいはそれに近い形の美しくて小さい石などで、装飾品となるものを総称していう。「乎」はヲ音の常用音仮名(片仮名の字源)で、格助詞「を」。
 5句「不取不巳」は「取(と)らずは巳(や)まじ」と訓む。「不取」は、ラ行四段活用の他動詞「とる」の未然形「取(と)ら」+打消の助動詞「ず」(連用形。漢文の助字「不」で表記)=「取(と)らず」。下に係助詞「は」を補読。「不巳」は、マ行四段活用の自動詞「やむ」の未然形「巳(や)ま」+否定的意志を表す助動詞「じ」(漢文の助字「不」で表記)=「巳(や)まじ」。「取(と)らずは巳(や)まじ」は「取らずにはおかないつもりだ」の意。
 951番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  見渡(みわた)せば 近(ちか)きものから
  石隠(いはがく)り かがよふ珠(たま)を
  取(と)らずは巳(や)まじ
 
  見渡すと 近いところなのだが
  岩にかくれて きらきら光ってゆれる珠を
  取らずにはおかないつもりだ
posted by 河童老 at 20:49| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月10日

『万葉集』を訓(よ)む(その1286)

 今回は、948番歌の5句からを訓む。
 5句・6句「山上丹・霞田名引」は「山(やま)の上(うへ)に・霞(かすみ)たなびく」と訓む。5句は、多くの注釈書が「山峡(やまかひ)に」と訓むが、澤潟『萬葉集注釋』は「山(やま)の上(うへ)に」と訓む。澤潟の説を支持して、ここは「山(やま)の上(うへ)に」と訓みたい。「丹」は「に」の常用訓仮名で、場所を示す格助詞「に」。澤潟『萬葉集注釋』に次のようにある。

 山の上に ― 「上」の字、元に「匕」とあるので前の「背匕(ソカヒ)」(九一七)と同じく、匕(カヒ)の借訓文字として新訓に「山峡(やまかひ)に」とした。それも一案であるが、ここは元以外、紀、西、その他すべて「上」とあり、元も左に赭「上」とあり、右に片カナ赭ヤマノウヘニとあり、紀、細、もヤマノウヘニ、西その他いづれもヤマノウヘニとある。「夜麻可比尓(ヤマカヒニ) 佐家流佐久良乎(サケルサクラヲ)」(十七・三九六七)の如きは認められるが、霧ならばともかく(四・五〇九参照)、霞に山峡はふさはしくなく、他に用例もなく、「上」の方は「霊寸春(タマキハル) 吾山之於尓(ワガヤマノウヘニ) 立霞(タツカスミ)」(十・一九一二)の例もあり、元一本により「山峡」とする事は從ひ難い。

「霞(かすみ)」(735番歌他に既出)は、動詞「かすむ(霞)」の連用形の名詞化したもので「空気中に広がった微細な水滴やちりが原因で、空や遠景がぼんやりする現象」をいう。「田名引」は、カ行四段活用の自動詞「たなびく」の連体形「たなびく」と訓む。「田」と「名」は、「た」「な」の常用訓仮名で、「引」は「びく」を表すための借訓字。「たなびく」は「雲や霞が薄く層をなして横に長く引く」ことをいう。
 7句・8句「高圓尓・鴬鳴沼」は「高圓(たかまと)に・鴬(うぐひす)鳴(な)きぬ」と訓む。「高圓(たかまと)」は、230番歌に既出の「高圓山(たかまとやま)」のことで、奈良市白毫寺町にある春日山の南に峠道を隔てて続く、標高462メートルの山をいう。「尓」はニ音の常用音仮名で、場所を示す格助詞「に」。「鴬(うぐひす)」は「ヒタキ科ウグイス亜科の鳥。雄は全長約一六センチメートル、雌は約一四センチメートル。雌雄とも背面は褐色を帯びた緑色で、腹部は白っぽい。早春、『ホーホケキョ』と美声でさえずるので、飼い鳥とされる。夏は平地から高山までの各地の笹やぶにすみ、地鳴き(笹鳴きともいう)は『チャッチャッ』と鳴く。冬に山地のものは平地に降りてくる。鶯の卵はホトトギスの卵とよく似ているので、鶯はしばしばホトトギスの卵を孵化(ふか)して育てる。はるどり。はるつげどり。うたよみどり。きょうよみどり。においどり。ひとくどり。ももちどり。はなみどり。あたごどり。学名はCettia diphon 《季・春》」(『日本国語大辞典』より)。「鳴沼」は、カ行四段活用の自動詞「なく」の連用形「鳴(な)き」+完了の助動詞「ぬ」(「ぬ」の常用訓仮名「沼」で表記)=「鳴きぬ」。
 9句・10句「物部乃・八十友能壮者」は「物部(もののふ)の・八十(やそ)とものをは」と訓む。9句は、928番歌の17句と同句で、10句も928番歌の18句「八十伴雄者」と表記は少し異なるが同句。「物部乃」は、「朝廷に仕える氏族の総称」の意で「物部(もののふ)の」と訓む。「もののふの」は、氏族の数の多い所から「八十伴緒」「八十氏」「八十」などにかかる枕詞として用いられることが多いが、ここでは「朝廷に仕える文武百官」という実質的な意味をもち、次の「乃」(ノ(乙類)音の常用音仮名で片仮名・平仮名の字源)は、同格の格助詞「の」で次の「八十友能壮」に続くとみられる。「八十(やそ)」は数の多いことを言ったもので「多くの」の意。「友」は「とも」を表すための借訓字、「能」はノ(乙類)音の常用音仮名、「壮」は「大きい男」の意を持つことから「男」「雄」と同じく「を」を表すのに用いたもので、「友能壮」で以って「とものを」を表す。「とものを」は、本来は「伴の緒」と書き、「伴う一連のもの」の意。『万葉集』では「伴緒」の表記例は1047番歌の一例のみで、あとは「伴男」「伴雄」などと書かれているので男子の意に解していたものと思われる。「者」は漢文の助字で、係助詞「は」。
 11句・12句「折木四哭之・来継比日」は「折木四(かり)[雁]が哭(ね)の・来継(きつ)ぐ比日(このころ)」と訓む。「折木四(かり)」は、743番歌5句の「諸伏(まにまに)」と同様、朝鮮半島の伝統的な遊戯の一つである樗蒲(ちよぼ)に由来する戯書。樗蒲は、年末から年始に行われる遊びで、木製で平たい楕円形の四つのさいころの一面を白く、他面を黒く塗り、黒い面二面に牛を、白い面二面にきじを描いて投げ、出た面の組み合わせで勝負を争う。日本では「かりうち」といったことから、「折木四」を「かり(雁)」に宛てたもの。「かり(雁)」は、ガンカモ科の大型の鳥の総称。下に連体助詞「が」を補読して次の「哭(ね)」に続く。「哭(ね)」は「虫、鳥、獣などが鳴く声」の意で、ここは「雁の鳴く声」。「之」は漢文の助字で格助詞「の」。「来継」は、ガ行四段活用の自動詞「きつぐ」の連体形「来継(きつ)ぐ」。「きつぐ」は「次々と来る。引き続いて来る。」ことを言う。「比日」は、436・648番歌に既出で、「比日(このころ)」と訓む。王羲之の書簡文『文集帖』に「此日省卿ノ文集ヲ尋ヌ」、『雑帖』に「吾レ此日極メテ不快、眠食スルコト得ズ」などと「この頃」の意で使われていることから、「このころ」にあてたもの。
 13句以降は、次回に続く。
posted by 河童老 at 14:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする