2019年08月24日

『万葉集』を訓(よ)む(その1392)

 今回は、1046番歌を訓む。「傷惜寧樂京荒墟作歌三首[作者不審]」すなわち「寧樂(なら)の京(みやこ)の荒(あ)れたる墟(あと)を傷(いた)み惜(を)しみて」作った歌の三首目で、作者は不詳である。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  石綱乃 又變若反 
  青丹吉 奈良乃都乎 
  又将見鴨

 1句「石綱乃」は「石綱(いはつな)の」と訓む。「石綱(いはつな)」は、「石や岩の上をはっている蔦」をいう。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、格助詞「の」。「石綱(いはつな)の」は、「岩の上をはう蔦が、はい延びてまたもとの方へ戻ってくるところから、若がえる意の、『をちかへる』にかかる。」枕詞。澤瀉『萬葉集注釋』は、この句についての注に次のように記している。

 冠辭考に「石綱は石蘿(ツタ)也、その蘿かづらのはひわかれては、又はひかへるものなるを、人の老て又わかゞへらんためしにいひ冠らせたり、かづらの類には、別るゝとも後もあはんとも、集中によめるに同じき也」とある。即ち石にはふ蔦で次の句の枕詞。顯宗紀(前紀)室壽の御詞に「築立稚室葛根(ツキタテルワカムロツナネ)」とあり、祝詞、大殿祭(おほとのほがひ)に「下津綱根(シモツツナネ)」ともあつて「葛とも綱とも書たり」と云つてゐる。

 2句「又變若反」は「又(また)變若(をち)反(かへ)り」と訓む。「又」は、『名義抄』に「又 マタ・サラニ・テ・アヤマル・スクル・ヲサム」の訓があるが、ここは「再び、もう一度」の意で「また」と訓む。「變若反」は、ラ行四段活用の自動詞「をちかへる」の連用形「變若(をち)反(かへ)り」。「をちかへる」は、タ行上二段活用の自動詞「をつ」の連用形「をち」とラ行四段活用の自動詞「かへる」との熟合動詞で、「若返る」ことをいう。「をちかへる」の主格は作者。「をつ」の連用形「をち」は、331番歌に「變」一字の表記で、650番歌に本歌と同じく「變若」の二字の表記で既出。なお、331番歌は大伴旅人の歌で、本歌の類歌と言えるので、参考までに再掲しておく。

  吾(わ)が盛(さか)り 復(また)變(を)ちめやも
  殆(ほとほと)に 寧樂(なら)の京(みやこ)を
  見(み)ず歟(か)成(な)りなむ

 3句「青丹吉」は「青丹(あをに)よし」と訓む。この句は、17番歌3句、79番歌15句、80番歌と328番歌の1句、および992番歌3句と同句。「青丹」は、青黒色の土のこと。「吉」は、詠嘆の間投助詞「よ」「し」を表わすための借訓字。「青丹(あをに)よし」は、地名「奈良」にかかる枕詞。奈良坂のあたりから顔料や塗料として用いる青丹(あをに)を産出したことによる、といわれる。
 4句「奈良乃都乎」は「奈良(なら)の都(みやこ)を」と訓む。「奈良(なら)の都(みやこ)」は、前の二首にも「寧樂乃京師」(1044番歌)、「平城京師」(1045番歌)と表記は異なるが既出。「乎」はヲ音の常用音仮名(片仮名の字源)で、格助詞「を」。なお、本歌だけ「青丹(あをに)よし」の枕詞がついていることについて、澤瀉『萬葉集注釋』は、「青丹よし寧樂のみやこは咲く花の薫ふが如く今盛りなり」(小野老、3・三二八)の歌の心で、この枕詞を使ったものと説いている。又本歌は、先に挙げた旅人の作(三三一)と、この小野老の作とを心にもって、両者の句を綴り合わせて作られたものであるとの考えを述べている。
 5句「又将見鴨」は「又(また)も見(み)むかも」と訓む。この句は、185番歌5句と同句。「又」は2句に既出だが、ここは下に係助詞「も」を訓み添えて「又(また)も」と訓む。「将見」は、「将」の用法の【動詞の未然形+意志・意向の助動詞「む」】の形で、「将」の左下に返り点のレ点を付けて「見(み)む」と訓む。「鴨」は「かも」に宛てた借訓字。「かも」は、係助詞「か」と係助詞「も」でできた語で、詠嘆の意を込める。「又(また)も見(み)むかも」は、「再び見ることがあるだろうかなあ」の意。
 1046番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  石綱(いはつな)の 又(また)變若(をち)反(かへ)り
  青丹(あをに)よし 奈良(なら)の都(みやこ)を
  又(また)も見(み)むかも

  (いはつなの) 再び若返って
  (あをによし) 栄えている奈良の都を
  再び見ることがあるだろうかなあ
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 21:35| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月21日

『万葉集』を訓(よ)む(その1391)

 今回は、1045番歌を訓む。「傷惜寧樂京荒墟作歌三首[作者不審]」の二首目で、「寧樂(なら)の京(みやこ)の荒(あ)れたる墟(あと)を傷(いた)み惜(を)しみて」作った歌。作者は不詳。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  世間乎 常無物跡 
  今曽知 平城京師之 
  移徙見者

 1句「世間乎」は「世間(よのなか)を」と訓む。この句は、210番歌の15句および、351・893番歌の1句と同句。「世間」は漢語で、音読みでは「せけん」。『史記』の李斯伝に「夫(そ)れ人生まれて世間に居るや、譬(たと)へば猶ほ六驥(りくき)を騁(は)せて、決隙(けつげき)(わずかのすきま)を過ぐるがごとし。」とあり、「この世。世の中。」の意。ここでは「世間(よのなか)」と訓む。「乎」はヲ音の常用音仮名(片仮名の字源)で格助詞「を」。
 2句「常無物跡」は「常(つね)無(な)き物(もの)と」と訓む。「常(つね)」(308番歌他に既出)は「常住。いつまでも変わらずあること」をいう。「無」はク活用形容詞「なし」の連体形「無(な)き」。「物(もの)」は用言の連体形を受けてそれを一つの概念として体言化する型式名詞で、ここでは前の「常無」を受けて「常(つね)無(な)き物(もの)」という概念を示す。「跡」は「と(乙類)」の常用訓仮名で、格助詞「と」。
 3句「今曽知」は「今(いま)そ知(し)る」と訓む。「今(いま)」(1037番歌ほかに既出)は、「過去と未来との境になる時。現在。」をいう。「曽」はソ(乙類)音の常用音仮名で、強い指示を表す係助詞「そ」。「知」はラ行四段活用の他動詞「しる」の連体形で「知(し)る」。「しる」は「物事の意味、内容、情趣、本質などを理解する。」ことをいう。
 4句「平城京師之」は「平城(なら)の京師(みやこ)の」と訓む。「平城京師」は、前歌(1044番歌)の「寧樂乃京師」と同じく「平城(なら)の京師(みやこ)」と訓む。「平城」は、330番歌に「平城京(ならのみやこ)」として既出で、「平城」の二字で「なら」と訓む。なお、「奈良の都」が「平城京」と名付けられたのは、「『平』は『ならす(平らかにする)』で、奈良(なら)の地名は、平坦な地の意で、そこに設けられた都城だから」(西宮『萬葉集全注』330番歌の注)とされる。「京師」は漢語で、『公羊伝』(『春秋』の注釈書)に、「京師とは何ぞ、天子の居なり。京とは何ぞ、大なり。師とは何ぞ、衆なり。天子の居は、必ず衆大の辭を以て之れを言ふ。」とある。和語の「みやこ(都)」に宛てたもの。「之」は漢文の助字で、格助詞「の」。
 5句「移徙見者」は「移徙(うつろ)ふ見(み)れば」と訓む。「移徙」は、478番歌の19句「移尓家里」を「移(うつ)ろひにけり」、583番歌の2句「徙安久」を「徙(うつろ)ひ安(やす)く」と訓んだ例により、ハ行四段活用の自動詞「うつろふ」の連体形「移徙(うつろ)ふ」と訓む。「徙」は『玉篇』に「移也」とあり、「移」に同じ。「うつろふ」は「移る」の未然形に反復・継続を表わす助動詞「ふ」の付いた「うつらふ」が変化したもので、ここは「都の荒廃してゆく」ことをいう。「見者」(1037番歌他に既出)は、マ行上一段活用の他動詞「見る」の已然形「見れ」+順接の確定条件を表わす接続詞「ば」で、「見(み)れば」。
 1045番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  世間(よのなか)を 常(つね)無(な)き物(もの)と
  今(いま)そ知(し)る 平城(なら)の京師(みやこ)の
  移徙(うつろ)ふ見(み)れば

  世の中を 無常なものと
  今こそ思い知った 奈良の都が
  荒れ果てて行くのを見ると
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 14:23| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月17日

『万葉集』を訓(よ)む(その1390)

 今回は、1044番歌を訓む。題詞に「傷惜寧樂京荒墟作歌三首[作者不審]」とあって、本歌から1046番歌の三首は、「寧樂(なら)の京(みやこ)の荒(あ)れたる墟(あと)を傷(いた)み惜(を)しみて」作った歌である。三首とも作者はわからない。
 本歌の写本に異同はなく、原文は次の通り。

  紅尓 深染西 
  情可母 寧樂乃京師尓 
  年之歴去倍吉 

 1句「紅尓」は「紅(くれなゐ)に」と訓む。「紅」(683番歌に既出)は、形成文字で、『字通』に「声符は工(こう)。〔説文〕十三上に『帛(はく)の赤白色なるものなり』とあり、桃紅色に近いものであろう。先秦の文献にほとんどみえず、古くは絳を用いる。絳はいわゆる大赤、濃紅色。『くれない』は『呉藍(くれあい)』の意である。」とある。「紅(くれなゐ)」は植物「べにばな(紅花)」の異名としても使われるが、ここは「赤く鮮明な色。紅花の汁で染めだした紅色。臙脂色。」の意。「尓」はニ音の常用音仮名で、格助詞「に」。
 2句「深染西」は「深(ふか)く染(し)みにし」と訓む。「深」はク活用形容詞「ふかし」の連用形(副詞法)「深(ふか)く」。「ふかし」は、「感情・思慮・思索・情欲などの程度が並み並みでない」ことをいう。「染西」は、マ行四段活用の自動詞「しむ」の連用形「染(し)み」+完了の助動詞「ぬ」の連用形「に」+回想の助動詞「き」の連体形「し」=「染(し)みにし」。「西」は「にし」を表すための借訓字。
 3句「情可母」は「情(こころ)かも」と訓む。「情(こころ)」は前歌(1043番歌)にも既出で、「人間の理知的、情意的な精神機能をつかさどる器官、また、その働き。」をいう。「可」・「母」は、カ音・モ音の常用音仮名で、「可母」は、疑問に詠嘆を込めた複合係助詞「かも」を表す。結句の連体形の結びと呼応する。
 4句「寧樂乃京師尓」は「寧樂(なら)の京師(みやこ)[都]に」と訓む。「寧樂」は、331番歌他に既出。「寧」「樂」は、ナ音・ラ音の略音仮名で、「寧樂」で以て、地名「奈良」を表わすのに用いたものだが、「寧樂(ねいらく)」は「安らかで楽しい」という意味の漢語でもあり、その字義を踏まえた上での用字と考えられる。「乃」は、ノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体修飾の格助詞「の」。「京師」(929番歌他に既出)は漢語で、『公羊伝』(『春秋』の注釈書)に、「京師とは何ぞ、天子の居なり。京とは何ぞ、大なり。師とは何ぞ、衆なり。天子の居は、必ず衆大の辭を以て之れを言ふ。」とある。和語の「みやこ(都)」に宛てたもの。「尓」は1句に既出で、格助詞「に」。
 5句「年之歴去倍吉」は「年(とし)の歴(へ)ぬべき」と訓む。「年(とし)」は時の単位で、「十二ヶ月、一年間を単位とする歳月。」をいう。「之」は漢文の助字で、格助詞「の」。「歴去」は、ハ行下二段活用の自動詞「ふ」の連用形「歴(へ)」+完了の助動詞「ぬ」(「去」で表記)=「歴(へ)ぬ」。「ふ(歴)」は「時が来てまた、去っていく。時間が過ぎていく。経過する。」ことをいう。「倍」はベ(乙類)音の常用音仮名、「吉」はキ(甲類)音の音仮名で、「倍吉」で以て、当然・意志の助動詞「べし」の連体形「べき」を表すのに用いたもの。
 1044番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  紅(くれなゐ)に 深(ふか)く染(し)みにし
  情(こころ)かも 寧樂(なら)の京師(みやこ)に
  年(とし)の歴(へ)ぬべき

  紅に 深く染まるように
  深くなじんだ心からか この荒れた奈良の都に
  何年も過ごそうとするのだろうかなあ
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 20:22| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする