2019年06月14日

『万葉集』を訓(よ)む(その1372)

 今回は、1026番歌を訓む。「秋八月廿日宴右大臣橘家歌四首」の三首目。左注に「右一首右大臣傳云 故豊嶋采女歌」とあって、本歌は、「右大臣(うだいじん)(橘諸兄)」の伝えて云うところでは、「故(なき)豊嶋采女(としまのうねめ)の歌」である。「采女(うねめ)」は、「後宮女官の一つで、天皇、皇后の日常の雑役に従事した者。」をいう。大化前代では国造(くにのみやつこ)・県主(あがたぬし)などの地方豪族が一族の子女を大王に奉仕させ、令制下では諸国の郡司一族の子女のうちで一三歳から三〇歳までの容姿端正な者を選んで出仕させて宮内省采女司が管轄し、後宮の水司、膳司などに置かれた。采女貢進単位は奈良時代において、兵衛と同じく郡であったので、「牟婁采女」などのように郡名をもって呼ばれるのが原則であった。従って「豊嶋采女(としまのうねめ)」とは、「武蔵国豊島郡から貢進された采女」をいう。
 写本の異同は、4句二字目<无>と5句四字目<去>の二箇所にある。4句二字目は、『西本願寺本』以下の諸本に「無」とあるが、『元暦校本』『類聚古集』に「无」とあるのを採る。5句四字目は、『類聚古集』『古葉略類聚鈔』に「出」とあるが、『元暦校本』『紀州本』『西本願寺本』他の諸本に「去」とあるのを採る。原文は次の通り。

  百礒城乃 大宮人者 
  今日毛鴨 暇<无>跡 
  里尓不<去>将有

 1句「百礒城乃」は「百礒城(ももしき)の」と訓む。この句は、920番歌11句他と同句。「百礒城(ももしき)の」は「大宮」にかかる枕詞。「大宮」を「多く(=百)の石(=礒)で築いた城(き)」の意であるとすることから「百礒城(ももしき)」の字があてられた。「乃」はノ(乙類)」音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)。
 2句「大宮人者」は「大宮人(おほみやひと)は」と訓む。この句は、923番歌18句他と同句。「大宮人(おほみやひと)」は、「宮中に仕える人。宮廷に奉仕する官人。」のことで、男性にも女性にも使われる。「者」は漢文の助字で、係助詞「は」。
 3句「今日毛鴨」は「今日(けふ)もかも」と訓む。この句は、159番歌9句と同句。「今日(けふ)」は、「話し手が、今身を置いている、その日。」をいう。「毛」は、モ(甲類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、係助詞「も」。「鴨」は「かも」に宛てた借訓字。「かも」は、係助詞「か」と係助詞「も」とでできた語で、疑問の意を含みつつ詠嘆の意を込める。
 4句「暇无跡」は「暇(いとま)をなみと」と訓む。「暇(いとま)」は「仕事と仕事の間の、何もしないとき。絶え間。有閑期。」をいう。「无」は、「亡」の異体字で、「無」と同じく、ク活用形容詞「なし」に用いられる。ここは、「なし」の語幹「な」で、上に格助詞「を」、下に理由・原因を示す接続助詞「み」を補読して、「をなみ」と訓み、「無いので」の意。「跡」は「と(乙類)」の常用訓仮名で、格助詞「と」。
 5句「里尓不去将有」は「里(さと)に去(ゆ)かず有(あ)らむ」と訓む。ここの「里(さと)」は、宮廷を「内(うち)」というのに対して、それ以外の場所をいうもので、特に宮廷に仕える人が自分の住家また実家をさしていう。「自宅。生家。」の意。「不去」(571番歌他に既出)は、カ行四段活用の自動詞「ゆく」の未然形「去(ゆ)か」+打消の助動詞「ず」(連用形。漢文の助字「不」で表記。)で「去(ゆ)かず」。「将有」(953番歌他に既出)は、ラ行変格活用の自動詞「あり」の未然形「有(あ)ら」+推量の助動詞「む」(漢文の助字「将」で表記)で「有(あ)らむ」と訓む。

 1026番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  百礒城(ももしき)の 大宮人(おほみやひと)は 
  今日(けふ)もかも 暇(いとま)をなみと 
  里(さと)に去(ゆ)かず有(あ)らむ

  (ももしきの) 大宮人は
  今日もまた 暇がないからとて
  里へは行かないのであろう
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2019年06月11日

『万葉集』を訓(よ)む(その1371)

 今回は、1025番歌を訓む。「秋八月廿日宴右大臣橘家歌四首」の二首目。左注に「右一首右大臣和歌」とあって、「右大臣(うだいじん)」すなわち橘諸兄の、前歌(1024番歌)に「和(こた)ふる歌(うた)」である。
 写本の異同は、4句二字目<年>を『西本願寺本』に「歳」としていることが挙げられるが、『元暦校本』『類聚古集』など古写本に「年」とあるのを採る。原文は次の通り。

  奥真經而 吾乎念流 
  吾背子者 千<年>五百歳 
  有巨勢奴香聞

 1句「奥真經而」は「奥(おく)まへて」と訓む。この句は、前歌の3句と同句。「奥(おく)」は「心の奥」。「真」は「ま」の準常用訓仮名、「經」は「へ(乙類)」の訓仮名で、「真經」は、下二段活用の他動詞「まふ」の連用形「まへ」を表す。「而」は漢文の助字で、接続助詞「て」。「奥(おく)まへて」は、「心の奥に秘めて」の意。
 2句「吾乎念流」は「吾(われ)を念(おも)へる」と訓む。この句は、前歌の4句「吾(わ)が念(おも)ふ君(きみ)は」を承けている。「吾(われ)」は、自称で作者の右大臣(橘諸兄)。「乎」はヲ音の常用音仮名で、格助詞「を」。「念流」(719番歌他に既出)は、ハ行四段活用の他動詞「おもふ」の已然形(音韻上はは命令形)「念(おも)へ」+完了の助動詞「り」の連体形「る」(ル音の常用音仮名で片仮名の字源の「流」で表記)で、「念(おも)へる」。この「おもふ」は「慕わしく感じる。恋しがる。愛する。また、大切にする。」ことをいう。
 3句「吾背子者」は「吾(わ)が背子(せこ)は」と訓む。この句は、511番歌および615番歌の1句と同句。「吾」は自称「わ」に連体修飾の格助詞「が」を補読して「吾(わ)が」。「背子(せこ)」は、広く男性を親しんでいう語で、ここは作者の右大臣(橘諸兄)が前歌の作者巨曽倍對馬に対して用いたもの。「者」は漢文の助字で、係助詞「は」。
 4句「千年五百歳」は「千年(ちとせ)五百歳(いほとせ)」と訓む。「千年(ちとせ)」は、前歌5句の「千歳(ちとせ)」に同じで、「千の年。数えつくせぬ程の長い年月。」の意。「五百歳(いほとせ)」は、「五百年。また、長い年月。」の意。
 5句「有巨勢奴香聞」は「有(あ)りこせぬかも」と訓む。この句は119番歌5句「有巨勢濃香問」と「ぬ」の表記が異なるだけで同句。「有」はラ行変格活用の自動詞「あり」の連用形で「有(あ)り」。「巨」はコ音の音仮名、「勢」はセ音の常用音仮名で、「巨勢」で以て、主に上代に使われた希求の助動詞「こす」の未然形「こせ」を表わす。「奴」はヌ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、打消の助動詞「ず」の連体形の「ぬ」に用いたもの。「香」「問」はカ音・モ音の音仮名で、「香問」で以て、終助詞「かも」を表わす。なお、助動詞「こす」は、実際には無理で不可能な内容の事柄を望んでいて、否定表現と共に用いることが多い。『萬葉集』の例では、未然形は「こせね[シテクレヨ]」「こせぬかも[シテクレナイモノカナア]」、終止形は「こすな[シテクレルナ]」という言い方に限られる。
 1025番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  奥(おく)まへて 吾(われ)を念(おも)へる
  吾(わ)が背子(せこ)は  千年(ちとせ)五百歳(いほとせ)
  有(あ)りこせぬかも

  心の奥に秘めて深く 私を思って下さっている
  あなたこそ 千年も五百年も
  生きていてほしいものです
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 22:00| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月07日

『万葉集』を訓(よ)む(その1370)

 今回は、1024番歌を訓む。題詞に「秋八月廿日宴右大臣橘家歌四首」とあって、本歌から1027番歌までの四首は、天平十年八月二十日に右大臣橘諸兄の宅で開かれた宴の歌であり、四首それぞれに左注がある。本歌の左注には「右一首長門守巨曽倍對馬朝臣」とあり、作者が「巨曽倍對馬(こそべのつしま)」であることがわかる。阿蘇『萬葉集全歌講義』は「巨曽倍対馬 天平二年十二月、大和国正税帳に大和介正六位勲十二等として署名。同四年、山陰道節度使判官で、外従五位下を授けられる。長門守任命の記事は続日本紀に見えない。この宴席での歌が、巻八にも記録される(一五七六)。」と注している。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  長門有 奥津借嶋 
  奥真經而 吾念君者 
  千歳尓母我毛

 1句「長門有」は「長門(ながと)なる」と訓む。この句は、317番歌5句「駿河有(駿河(するが)なる)」と同じ表現。「有」は「なる」と訓み、断定の助動詞「なり」の連体形。「なり」は、場所を示す語の下に付いた場合「存在」を表し、「〜にある」「〜にいる」という意になる。「長門」は、国名で、山陽道8カ国の一つ。大化の改新で穴門国となり、のちに長門国となった。現在の山口県の西部及び北部。作者は、長門守であることから、任地の地名を用いたもの。
 2句「奥津借嶋」は「奥(おき)[沖]つ借嶋(かりしま)」と訓む。「奥津」(933番歌他に既出)は、「奥(おき)[沖]つ」と訓む。「おき」は「おく(奥)」と同根と言われ、同じ平面で遠く離れたほうを言う語で『万葉集』では専ら「奥」で表記されているが、後には、水辺を遠く離れた所(水が深い所)の意である「おき」には、「深い」という字義を持つ「沖」が主として用いられるようになったもの。「津」は「つ」を表わす常用の訓仮名。「つ」は、「の」「が」より古い連体助詞で、名詞や形容詞の語幹について体言を修飾する。「借嶋(かりしま)」は島の名で、下関市吉母(よし)町の蓋井(ふたおい)島とする説などがあるが未詳。
 以上の1句・2句は、オキとオクの類音反復の技巧で、次の「奥(おく)まへて」を起こす序詞。
 3句「奥真經而」は「奥(おく)まへて」と訓む。ここの「奥(おく)」は、「心の奥」をいうか。「真」は「ま」の準常用訓仮名、「經」は「へ(乙類)」の訓仮名で、「真經」は、下二段活用の他動詞「まふ」の連用形「まへ」を表すものと思われるが、下二段活用動詞の「まふ」の用例が他には見つからない。「而」は漢文の助字で、接続助詞「て」。この句、「奥(おく)まへて」と訓むことについて異論はないが、語の成り立ちおよび語義については必ずしも定まってはいない。『日本国語大辞典』で「おくまえて」と引くと、「[連語]『おくまけて』に同じ。」とあって、用例に本歌と2728番歌が挙げられている。そこで「おくまけて」を引くと、次のように解説している。

[連語]
(「まけ」は設ける、期待するの意の動詞「まく(設)」の連用形)
将来のことを考えて。将来を期待して。行く末かけて。おくまえて。
*万葉集(8C後)一一・二四三九「淡海(あふみ)の海沖つ島山奥儲(おくまけて)吾が思ふ妹が言(こと)の繁けく(人麻呂歌集)」
補注
「おく(奥)」を心の奥と解して、心の奥深くの意とする説もある。

 この用例に引かれている2439番歌の「奥儲(おくまけて)」を「奥間経而(おくまへて)」に変えたものが、2728番歌であり、本歌の序詞は、2728番歌によったものである。この『日本国語大辞典』の解説と同じ見解だと思われる『日本古典文学大系』の本歌の頭注には、この語の成り立ちについても述べているのでそれも見ておこう。

 ○奥まへてー将来のことをあらかじめ考え、用意して。オクマケテの転。巻十一、二四三九にオクマケテとあるが、ほとんど同じ歌が、同じ巻の二七二八にオクマヘテの形で再出する。オクは将来。マケテは間受けて(maukëte→makëte)。マは隔たり、ウケは、前の方から働きかけてくる作用に対して用意して向かう意。

 以上の見解とは異にする説も見ておこう。まず、澤瀉『萬葉集注釋』は「奥まへてー『奥む』といふ下二段活用の動詞を更にハ行に活用させたので、『奥まへて思ふ』とは奥めて思ふ、といふ意で、『深めて思ふ』(二・一三五)とか、『奥に思ふ』(三・三七六)とかいふのと似てゐる。」と注している。次に、吉井『萬葉集全注』は次のように述べている。

 ○奥まへて 一〇二五、11・二七二八。オクマケテ(11・二四三九……二七二八の類歌)のオクマクとオクマフは同意の語か。オクを心の奥と解する説(管見、ふかく思ふトいふこと也)と、時間にかかわる将来と見る説(全註釈、行末をかけて)とがあり、これとマフ(ウヤマフ、カズマフ、ワキマフ、ミマフ、フルマフ、シジマフなどと同じ接尾語か)とマクの解釈とがからむ。しかし、類歌の二四三九、二七二八の場合を考えると、「心の奥に秘めて」の解が適切と思われる。

 以上見てきたように、「奥(おく)まへて」という語の成り立ちについては定説がないが、吉井『萬葉集全注』に従って、「心の奥に秘めて」の意と採ることとする。
 4句「吾念君者」は「吾(わ)が念(おも)ふ君(きみ)は」と訓む。「吾」は、自称で作者の巨曽倍對馬をさし、下に格助詞「が」を補読して「吾(わ)が」と訓む。この「が」は、「念(おも)ふ」にかかるよりも「君(きみ)」にかかるもので、「体言+が+体言」の形で連体助詞のはたらきを保っている。「念」はハ行四段活用の他動詞「おもふ」の連体形で「念(おも)ふ」。この「おもふ」は「慕わしく感じる。恋しがる。愛する。また、大切にする。」ことをいう。「君(きみ)」は作者が「慕わしく思う人」をさす。「者」は漢文の助字で、係助詞「は」。
 5句「千歳尓母我毛」は「千歳(ちとせ)にもがも」と訓む。「千歳(ちとせ)」(686番歌他に既出)は、「千の年。数えつくせぬ程の長い年月。」の意。「とせ」は、「とし」と同源で、歳月・年齢を数える助数詞。「尓」は、ニ音の常用音仮名で、断定の助動詞「なり」の連用形「に」。「母」はモ音の常用音仮名、「我」はガ音の常用音仮名で、「母我」は、願望の意を表す終助詞「もが」を表す。「毛」はモ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、詠嘆の終助詞「も」。「にもがも」の表現は、534番歌他に既出。
 1024番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  長門(ながと)なる 奥(おき)[沖]つ借嶋(かりしま)
  奥(おく)まへて 吾(わ)が念(おも)ふ君(きみ)は
  千歳(ちとせ)にもがも

  (わが任地)長門にある 沖の借島のように
  心の奥深くに秘めて 私が思っているあなたには
  千年も長く生きてほしいものだ
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 20:33| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする