2018年04月24日

『万葉集』を訓(よ)む(その1264)

 今回は、933番歌を訓む。題詞に「山部宿祢赤人作歌一首[并短歌]」とあって、本歌は、「山部宿祢(やまべのすくね)赤人(あかひと)」が詠んだ十九句からなる長歌で、反歌一首(934番歌)を伴う。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  天地之 遠我如 
  日月之 長我如 
  臨照 難波乃宮尓 
  和期大王 國所知良之 
  御食都國 日之御調等 
  淡路乃 野嶋之海子乃 
  海底 奥津伊久利二 
  鰒珠 左盤尓潜出 
  船並而 仕奉之 
  貴見礼者

 1句・2句「天地之・遠我如」は「天地(あめつち)の・遠(とほ)きが如(ごと)く」と訓む。1句は、直近では920番歌21句と同句。「天地(あめつち)」は「天と地」。「之」は漢文の助字で、格助詞「の」。「遠」はク活用形容詞「とほし」の連体形で「遠(とほ)き」。「とほし」は、空間・距離のへだたりが大きい。はるかに離れている。」ことをいう。「我」はガ音の常用音仮名で、格助詞「が」。「如」は比況の助動詞「ごとし」の連用形「如(ごと)く」。『古典基礎語辞典』は、「ごとし」について、次のように解説にしている。
 
 語源的には同一を意味するコトの語頭が濁音化したゴトに形容詞語尾シが付いたもの。語源から明らかなように、もともとは、ある事・物・状態などが、他と比較して同一であることをいう語。それが発展すると、比況や例示の意を表す。なお、比況は「山のごとき荷物」のように、「山」と「荷物」という、二つの違う種類のものを比べていい、例示は「富士のごとき山」のように、「山」の一つとして「富士」を挙げていうものである。『万葉集』では大半が比況の意にとれ、平安時代の女流文学では、ほとんど使われていない。しかも、ゴトシは主として漢文訓読語であったらしく、平安末期に成立した『今昔物語集』には盛んに使用されている。これは、この物語が仏教を説いた漢文を下敷きにして、書かれた結果である。その後、中世に入ると、総じてよく使われるようになるが、慣用的用法が多い。なお、平安時代以降、連用形ゴトクに、格助詞ニ、そしてラ変動詞のアリが付いたゴトクニアリが約まったゴトクナリの形でも使われた(「磯の波は雪のごとくに、貝の色は蘇芳に」〈土左二月一日〉)。
ゴトシはふつう助動詞の一種とみられており、本書でもそれに従ったが、…ノゴトキ、…ガゴトキと格助詞ノ・ガを受けることは本来の助動詞にはありえない。またゴトシの活用はク、シ、キなので、本来は形容詞の一つであったと
考えられる。それは「…と同一だ」という意味であったから、上に何かを補わないと意味が成立しないことが多かった。そこでゴトシは、あたかも付属語のように見られ、そのうち…ノゴトク、…ガゴトク、…ノゴトシ、…ガゴトシという連用形、終止形が成立するに至って一種の助動詞化が進行したものと思われる。

 3句・4句「日月之・長我如」は「日月(ひつき)の・長(なが)きが如(ごと)く」と訓む。3句は、167番歌の61句と同句。この「日月」は時間の上の「月日」の意。時日の「月日」については、人麻呂や憶良らは「日月」とあり、家持などは「月日」とあるので、古くは「日月」と言っていたのが後に「月日」に変わったものと考えられる。「之」は1句に同じで、格助詞「の」。「長」はク活用形容詞「長し」の連体形で「長(なが)き」。「我如」は、2句に同じで、格助詞「が」+比況の助動詞「ごとし」の連用形「如(ごと)く」=「が如(ごと)く」。
 1句〜4句について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は、「冒頭の四句は、二句と二句の対句であるが、天地・日月の永遠性を以て、聖武天皇の御代の永久の栄えを寿ぎ、…」と述べている。
 5句・6句「臨照・難波乃宮尓」は「おしてる・難波(なには)の宮(みや)に」と訓む。5句の「臨照」は、443番歌41句の「押光」・619番歌1句の「押照」・928番歌1句の「忍照」と表記は異なるが同句で、「おしてる」と訓む。「おしてる」は、地名「難波(なには)」にかかる枕詞で、記紀歌謡にも見られる古い枕詞であるが原義は不明。「難波(なには)」は、大阪市の上町台地以東の地域の古称で、孝徳天皇の難波長柄豊碕宮、天武天皇の難波宮、聖武天皇の難波宮などが営まれたところである。「乃」は、ノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。「宮(みや)」は、接頭語の「み」+「屋」の意の「や」=「みや」で、「大王・天皇の住む御殿」をいう。「尓」はニ音の常用音仮名で、格助詞の「に」。
 7句・8句「和期大王・國所知良之」は「わご大王(おほきみ)・國(くに)知(し)らすらし」と訓む。「和期大王」は、926番歌他に既出。「和」はワ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、「期」はゴ(乙類)音の常用音仮名。「和期」は、自称「わ(我)」に連体助詞「が」と続いて「わが」となるところを、その連体助詞ガが下のオホという二つのO母音に引かれてゴとなったのを発音表記式に「わご」と書いたもの。「大王(おほきみ)」は、今は「大君」と表記されるのが一般的で、天皇あるいはその子孫を尊敬して言う。ここは聖武天皇をさす。「國(くに)」は、聖武天皇が統治する国。「所知」は、ラ行四段活用の他動詞「しる」の未然形「知(し)ら」+尊敬の助動詞の「す」(漢文の助字「所」で表記)=「知(し)らす」。「しる」は「治める」ことをいう。「良」はラ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、「之」はシ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)。「良之」で以って、推量の助動詞「らし」を表わす。
 9句以降は、次回に。
ラベル:万葉集
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2018年04月20日

『万葉集』を訓(よ)む(その1263)

 今回は、932番歌を訓む。題詞に「反歌一首」とあり、前歌931番歌(以下、「長歌」という)の反歌である。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  白浪之 千重来縁流 
  住吉能 岸乃黄土粉 
  二寶比天由香名

 1句「白浪之」は「白浪(しらなみ)の」と訓む。この句は、「長歌」の15句「四良名美乃」と表記は異なるが同句。「白浪(しらなみ)」は、「白い波、白くくだける波」の意。「之」は漢文の助字で、格助詞「の」。
 2句「千重来縁流」は「千重(ちへ)に来(き)縁(よ)[寄]する」と訓む。この句は、「長歌」6句の「千重(ちへ)浪(なみ)縁(よ)[寄]せ」を承けたもの。「千重」は、「数多くかさなること」をいい、ここは下に動作の状態を示す格助詞「に」を訓み添えて「千重(ちへ)に」と訓む。「来」はカ行変格活用の自動詞「く」の連用形「来(き)」。「縁流」は、サ行下二段活用の自動詞「よす」の連体形「縁(よ)[寄]する」。連体形であることを明示するために、活用語尾「る」をル音の常用音仮名で片仮名の字源である「流」で表記したもの。
 3句「住吉能」は「住吉(すみのえ)の」と訓む。これも「長歌」17句に「住吉能濱」とあった。「住吉」は、摂津国の古郡名で、平安初期以降「すみよし」と呼称されるが、萬葉の時代には「すみのえ」と訓まれた。「能」はノ(乙類)音の常用音仮名で、連体助詞「の」。
 4句「岸乃黄土粉」は「岸(きし)の黄土(はにふ)に」と訓む。この句は、69番歌4句「崖之埴布尓」と表記は異なるが同句。「岸(きし)」には、大きく二つの意味がある。一つは、「陸地が川・湖・海などの水に接したところ。みずぎわ。なぎさ。」であり、もう一つは「岩石または地などのきり立ったところ。がけ。」である。ここは「長歌」に「住吉の濱」と詠まれていることから、前者の意であることに違いないが、『萬葉集』には「住吉の岸」と詠った歌が十四例もあり、澤潟『萬葉集注釋』が指摘しているように「これは他の濱や港に見られない程に圧倒的に多い用語例である。住吉の濱が『岸』と云はれるにふさわしい地形であつた事を示すもので」あるとすると、あるいは後者の意とするほうが良いのかもしれない。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。「黄土」は、「はにふ(埴生)」と訓む。「黄土」だけでは、「きめが細かくてねばりけのある黄赤色の土。」の意の「はに(埴)」であるが、下に「粉」とあり、その「粉」フンの音をフニの音を表すのに用いて、「黄土粉」で以って、「黄土(はにふ)に」の表記としたもの。「ふ」は一面にそれを産する場所を意味する「生(ふ)」で、「黄土(はにふ)(埴生)」は「埴のある土地」の意。「に」は格助詞。住吉は埴の産地としても知られており「住吉の岸」と「埴生」の取り合わせも集中に四例(本歌及び1002・1146・1148番歌)を数える。
 5句「二寶比天由香名」は「にほひてゆかな」と訓む。「二」はニ音の音仮名(片仮名の字源)、「寶」はホ音の音仮名、「比」は、ヒ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、「二寶比」は、ハ行四段活用の自動詞「にほふ」の連用形「にほひ」。「にほふ」は「他のものの色がうつる。染まる。」の意。「天」はテ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、接続助詞「て」。「由」はユ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、「香」はカ音の音仮名で、「由香」は、カ行四段活用の自動詞「ゆく(行く)」の未然形「ゆか」。「名」は「な」の常用訓仮名で、勧誘の意を示す終助詞「な」。この句について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は「にほひて行(ゆ)かな 染まって行こうよ。ナは、自己や自己を含む複数の動作や状態について、意志や勧誘の意味をあらわす。」と注している。
 932番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  白浪(しらなみ)の 千重(ちへ)に来縁(きよ)[寄]する
  住吉(すみのえ)の 岸(きし)の黄土(はにふ)に
  にほひてゆかな

  白波が 千重に寄せて来る
  住吉の 岸の黄土に
  染まって行こうよ
ラベル:万葉集
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2018年04月14日

『万葉集』を訓(よ)む(その1261)

 今回は、931番歌を訓む。題詞に「車持朝臣千年作歌一首[并短歌]」とあり、931番歌は、車持(くるまもち)の朝臣(あそみ)千年(ちとせ)が作った十七句からなる長歌で、次に反歌一首(932番歌)を伴う。車持(くるまもち)の朝臣(あそみ)千年(ちとせ)については、913番歌のところで述べたのでここでは省略する。
 写本の異同としては、8句四字目<波>を『西本願寺本』は「浪」としていることが挙げられるが、『元暦校本』『紀州本』に「波」とあるのを採る。『西本願寺本』は6句の「千重浪」に合わせて「五百重浪」としたものと思われる。原文は次の通り。

  鯨魚取 濱邊乎清三 
  打靡 生玉藻尓 
  朝名寸二 千重浪縁 
  夕菜寸二 五百重<波>因
  邊津浪之 益敷布尓 
  月二異二 日日雖見 
  今耳二 秋足目八方 
  四良名美乃 五十開廻有
  住吉能濱

 1句・2句「鯨魚取・濱邊乎清三」は「鯨魚(いさな)取(と)り・濱邊(はまへ)を清(きよ)み」と訓む。1句の「鯨魚取」は、131番歌11句・153番歌1句・220番歌21句と同句。「鯨魚」は「鯨魚(いさな)」と訓む。「いさな」には二通りの違った意味がある。いずれも「な」は魚のことであるが、「いさ」に「小さな」という意と「鯨」の意があるため、「小さな魚」と「いさ(鯨)という魚」という大きさの対照的な魚を意味することになる。ここは勿論「くじら(鯨)」の異名である「いさな」。「取」はラ行四段活用の他動詞「とる」の連用形で「取(と)り」。上代では「鯨魚(いさな)取(と)り」の形で枕詞として用いられ、鯨を取る所の意で、海、浜、灘(なだ)など海に関する語にかかる。ここも次の「濱(浜)」にかかる。「濱邊」(566番歌他に既出)は、「濱邊(はまへ)」と訓む。「濱」は「浜」、「邊」は「辺」の旧字で、「濱邊」は「浜辺」に同じ。「乎」はヲ音の常用音仮名(片仮名の字源)で、格助詞「を」。「清三」は、ク活用形容詞「きよし」の語幹に原因・理由を示す接続助詞「み」(甲類の常用訓仮名「三」で表記)の付いた「清(きよ)み」。「濱邊(はまへ)を清(きよ)み」は、「浜辺が清らかなので」の意。
 3句・4句「打靡・生玉藻尓」は「打(う)ち靡(なび)き・生(お)ふる玉藻(たまも)に」と訓む。3句の「打靡」には、46・87・260・433・475・505・509番歌に同句があり、カ行四段活用の自動詞「うちなびく」を表すが、この二字だけの表記では、連用形にも連体形にも訓める。既出例では46・505・509番歌は「打(う)ち靡(なび)き」と連用形に、87・260・433・475番歌は「打(う)ち靡(なび)く」と連体形に訓んだ。ここは、連用形に訓んで4句に続く。「うちなびく」は「草木、髪などがさっと横に伏せる。」ことをいう。「生玉藻」は、194番歌の4句に既出。「生」はハ行上二段活用の自動詞「おふ」の連体形で「生(お)ふる」。「おふ」は「(草木・毛などが)はえる。生じる。」ことをいう。「玉藻(たまも)」は「美しい藻」の意で、「玉」は美称。「尓」はニ音の常用音仮名で、格助詞「に」。
 5句・6句「朝名寸二・千重浪縁」は「朝(あさ)なぎ[凪]に・千重(ちへ)浪(なみ)縁(よ)[寄]せ」と訓む。5句は、509番歌の29句と同句。「朝名寸」は「朝(あさ)なぎ[凪]」。「名」「寸」は、「な」「き(甲類)」の常用訓仮名。ここでは「寸」を「ぎ」に流用したもの。「朝凪」は「朝、陸風と海風が吹き変わる時の現象で、海辺の風が一時止まること。」をいう。「二」はニ音の音仮名(片仮名の字源)で、時間を指定する格助詞「に」。「千重(ちへ)浪(なみ)」(409番歌2句に既出)は、「幾重にも重なって寄せてくる波」をいう。「浪(なみ)」は「風や震動などによって水の表面に起こる起伏運動。水面のうねり。」をいう。「波浪」という同義の二字熟語があるように、「なみ」は「波」とも「浪」とも書かれるが、『万葉集』では、「波」はハ音の常用音仮名として用いられる事が多く、「なみ」の表記には「浪」の字を用いる事が多い。「縁」はサ行下二段活用の自動詞「よす」の連用形で「縁(よ)[寄]せ」。「よす」は「波が岸などに迫り近づく。打ち寄せる。」ことをいう。
 7句・8句「夕菜寸二・五百重波因」は「夕(ゆふ)なぎ[凪]に・五百重(いほへ)波(なみ)因(よ)[寄]す」と訓む。7句は、509番歌の31句「暮名寸二」と表記は異なるが同句。「夕菜寸」は「夕(ゆふ)なぎ[凪]」。「菜」は「な」の訓仮名で、「寸」は5句に同じく「ぎ」に流用したもの。「夕凪」は「海岸地方で、夕方、海風と陸風と交替するとき、一時海上や沿岸部が無風状態となること。」をいう。「二」も5句に同じで、時間を指定する格助詞「に」。「五百重(いほへ)波(なみ)」(568番歌3句に「五百重浪」の表記で既出)は、6句の「千重(ちへ)浪(なみ)」と同じく「幾重にも重なって寄せてくる波」をいう。「因」は、6句の「縁」と同じくサ行下二段活用の自動詞「よす」で、ここは終止形で「因(よ)[寄]す」。
 5句〜8句について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は、「朝凪に千重波寄せ 夕凪に五百重波寄す 二句と二句の対句。朝凪と夕凪、千重波と五百重波が対偶語としておかれている。」と注している。
 9句・10句「邊津浪之・益敷布尓」は「邊(へ)つ浪(なみ)の・益(いや)しくしくに」と訓む。「邊(へ)」は、「沖」に対して「岸辺。浜辺。」を意味する。「津」は「つ」の常用訓仮名で、連体修飾の格助詞「つ」。「浪(なみ)」は6句「千重(ちへ)浪(なみ)」で既出。「之」は漢文の助字で、格助詞「の」。10句は、923番歌の14句「弥益々尓」と表記は異なるが同句で、「益(いや)しくしくに」。「益」(214番歌他に既出)は、「ますます」の字義から、同じ意の副詞「いや」と訓む。「敷布尓」は、206番歌3句に既出で、「敷」「布」ともに「しく」を表すのに用いた借訓字。「しくしく」は、動詞「しく(頻)」を重ねてできた語で、物事があとからあとから重なり起こるさまをいう。「あとからあとから。しきりに。たえまなく。」「に」「も」「と」を伴って用いることもあり、ここは「に」(ニ音の常用音仮名「尓」で表記)を伴った例で「しくしくに」。
 11句以降は、次回に続く。
ラベル:万葉集
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