2017年12月05日

『万葉集』を訓(よ)む(その1222)

 今回から数回をかけて904番歌を訓む。題詞に「戀男子名古日歌三首 [長一首短二首]」(「男子(をのこ)名(な)は古日(ふるひ)に戀(こ)ふる歌(うた)三首[長(ちやう)一首短(たん)二首]」)とあって、904番歌は、二首の反歌(905・906番歌)を伴う、六十六句からなる長歌である。なお、906番歌の「左注」に「右一首作者未詳 但以裁歌之體似於山上之操載此次焉」とあるが、これの訓読文と口訳を阿蘇『萬葉集全歌講義』より引用して示すと次の通り。

 右の一首、作者いまだ詳らかならず。 ただし、裁歌の体、山上の操に似たるを以て、この次に載す。
 右の一首は、作者が明らかでない。 ただし、歌の作り方が、山上憶良の作風に似ているので、この順序で載せる。

「右の一首」については、阿蘇『萬葉集全歌講義』は「九〇四以下の、三首をさすとする説と九〇六 一首をさすとする説とある。前者は、反歌を伴う長歌一首と数えるとする考えによる。巻三の高橋虫麻呂の『富士の山を詠む歌』(3・三一九〜三二一)同様、三首をさすと見たい。」と注している通り、904〜906番歌の三首をさすと見るのが妥当であろう。
 写本の異同は、18句七字目<婆>、63句七字目<吉>、65句五字目<婆>の、三箇所で見られる。18句と65句の<婆>は、『西本願寺本』には共に「波」とあるが、『紀州本』『細井本』に「婆」とあるのを採る。63句の<吉>について、『西本願寺本』は「古」としつつ、左に「○印とキ」と書き、さらに頭書に「吉イ」とある。『紀州本』にも「古」とあるが、『温故堂本』『大矢本』『京都大学本』に「吉」とあるのを採る。なお、35句は多くの写本に<尓母布敷可尓布敷可尓>とあるが、「布敷可尓」の四字については、『西本願寺本』『陽明本』などに「四字古本無之」とあるのに従って、衍字とみなし、また「母」の字も古本系統にはなかったものを『紀州本』が右に書き添えたものと考えられるので、ここでは<尓布敷可尓>を35句とした。原文は次の通り。

  世人之 貴慕
  七種之 寶毛我波
  何為
  和我中能 産礼出有
  白玉之 吾子古日者
  明星之 開朝者
  敷多倍乃 登許能邊佐良受
  立礼杼毛 居礼杼毛
  登母尓戯礼
  夕星乃 由布弊尓奈礼<婆>
  伊射祢余登 手乎多豆佐波里
  父母毛 表者奈佐我利
  三枝之 中尓乎祢牟登
  愛久 志我可多良倍婆
  何時可毛 比等々奈理伊弖天
  安志家口毛 与家久母見武登
  大船乃 於毛比多能無尓
  於毛波奴尓 横風乃
  <尓布敷可尓> 覆来礼婆 
  世武須便乃 多杼伎乎之良尓
  志路多倍乃 多須吉乎可氣
  麻蘇鏡 弖尓登利毛知弖
  天神 阿布藝許比乃美
  地祇 布之弖額拜
  可加良受毛 可賀利毛
  神乃末尓麻尓等
  立阿射里 我例乞能米登
  須臾毛 余家久波奈之尓
  漸々 可多知都久保里
  朝々 伊布許等夜美
  霊剋 伊乃知多延奴礼
  立乎杼利 足須里佐家婢
  伏仰 武祢宇知奈氣<吉>
  手尓持流 安我古登<婆>之都
  世間之道

 1句・2句「世人之・貴慕」は「世(よ)の人(ひと)の・貴(たふと)び慕(ねが)ふ」と訓む。「世人」(729・813番歌に既出)は、間に連体助詞「の」を補読して「世(よ)の人(ひと)」と訓み、「現世に生きる人。世間の人。」をいう。ここの「之」は漢文の助字で、格助詞「の」に用いたもの。「貴」はバ行上二段活用の他動詞「たふたぶ」の連用形で「貴(たふと)び」。「慕」は902番歌の5句に既出、そこではハ行四段活用の他動詞「ねがふ」の連用形「慕(ねが)ひ」と訓んだが、ここは連体形で「慕(ねが)ふ」と訓む。「貴(たふと)び慕(ねが)ふ」は、「貴重だと思い手に入れたいと思う」ことをいう。
 3句・4句「七種之・寶毛我波」は「七種(ななくさ)の・寶(たから)も我(われ)は」と訓む「七種(ななくさ)」は、「七つの種類」の意。「之」は1句に既出で、ここは連体助詞「の」。「七種(ななくさ)の寶(たから)」は、仏教でいう七種の珍貴な宝石の総称で「七宝(しちほう)」という。無量寿経では、金・銀・瑠璃・玻璃・硨磲(しゃこ)・珊瑚・瑪瑙(めのう)をいい、法華経では、金・銀・瑠璃・硨磲・瑪瑙・真珠・玫瑰(ばいかい)をいうなど種々の数え方がある。「毛」はモ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、係助詞「も」。「我(われ)」は自称で、この歌の作者。「波」はハ音の常用音仮名(平仮名の字源)で、係助詞「は」。
 5句「何為」は「何(なに)為(せ)む」と訓む。「何」は不定称代名詞「なに」。「為」は、サ行変格活用の他動詞「す」の未然形「為(せ)」に推量の助動詞「む」を補読して「為(せ)む」と訓む。この句について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は次のように注している。

原文ニの文字がないので、ナニセムの訓みとニを訓み添える訓みとある。ニの訓み添えの場合は、下に「ホシカラム」のような語の省略とみる。省略とみるよりは、(ワレハ)ナニセムで切れると見る方が力強い表現となりよいと思う。
  恋ひ死なむ 後は何せむ わが命 生ける日にこそ 見まくほりすれ            (11・二五九二)
   恋ひ死なむ そこも同じそ 何せむに 人目人言 こちたみわがせむ             (4・七四八)

6句以降は、次回に続く。
ラベル:万葉集
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2017年11月30日

『万葉集』を訓(よ)む(その1221)

 今回は、903番歌を訓む。897番歌(以下、「長歌」という。)の「反歌」六首の六首目である。左注に「天平五年六月丙申朔三日戊戌作」とあることから、「老身重病經年辛苦及思兒等歌七首 [長一首短六首]」(897番歌〜903番歌)の制作年月が知れる。但し、本歌には「去神龜二年作之 但以類故更載於茲」の注があり、神龜二年の作である。なお、憶良が亡くなった年は確定できていないが、この歌群を作った天平五年(六月以降)に亡くなったものと推定されている。
 写本の異同は、1句二字目<文>と4句五字目<何>。『西本願寺本』には、それぞれ「父」「可」とあるが、『類聚古集』に「文」「何」とあるのを採る。原文は次の通り。

  倭<文>手纒 數母不在 身尓波在等
  千年尓母<何>等 意母保由留加母
  [去神龜二年作之 但以類故更載於茲]

 1句「倭文手纒」は「倭文(しつ)手纒(たまき)」と訓む。この句は672番歌1句と同句。「倭文(しつ)」は「古代の織物の一種で、梶木(かじのき)、麻などで筋や格子を織り出したもの。」をいう。「手纒(たまき)」は、手に巻くものの意で、「上代の装身具。玉・貝・鈴などを紐(ひも)で貫き、臂(ひじ)のあたりに巻いて装飾としたもの。」をいう。「倭文(しつ)手纒(たまき)」は、「日本古来の織り模様の織物で作った腕輪」(『萬葉集全歌講義』)であるが、腕輪としては玉で作ったものが高級品で、布製は粗末なものとされていたところから、ここでは次の「数にもあらぬ」にかかる枕詞としたもの。
 2句「數母不在」は「數(かず)にも在(あ)らぬ」と訓む。この句も672番歌の2句「數二毛不有」と表記は異なるが同句。「數」は「数」の旧字で、会意文字。『名義抄』に「數 カズ・カゾフ・アマタ・コトワリ・コトワル・シバシバ・シルシ・マホル・アマタタビ」の訓みがあるが、ここはカズを採り、下に格助詞「に」を補読して「數(かず)に」と訓む。「母」はモ音の常用音仮名で、係助詞の「も」。「不在」は、ラ行変格活用動詞「あり」の未然形「在(あ)ら」+打消しの助動詞「ず」の連体形「ぬ」(漢文の助字「不」で表記)で、「在(あ)らぬ」。
 3句「身尓波在等」は「身(み)には在(あ)れど」と訓む。「身(み)」は900番歌に既出で、そこでは「人間のからだ。身体。肉体。」の意であったが、ここの「身(み)」は、「長歌」18句「我(わ)が身(み)の上(うへ)に」とあったのと同じで、「その人自身の有様、または位置。その人の立場。身の上。身のさま。」の意。「尓波」(「長歌」10句に既出)は、格助詞「に」に係助詞「は」の付いた「には」を表す。「尓」はニ音の常用音仮名、「波」はハ音の常用音仮名で平仮名の字源。「在等」は、ラ行変格活用動詞「あり」の已然形「在(あ)れ」+逆接の既定条件を示す接続助詞「ど」=「在(あ)れど」。「等」はト(乙類)音の常用音仮名であるが、ここはド(乙類)音の音仮名として用いたもの。
 4句「千年尓母何等」は「千年(ちとせ)にもがと」と訓む。この句は、前歌(902番歌)4句「千尋尓母何等」の「千尋」を「千年」に置き換えたもの。「千年(ちとせ)」は、「千の年。せんねん。転じて、ながい年月。また、永遠の年。」をいう。「尓」は3句に既出で、格助詞「に」。「母何」は、上代特有の願望の終助詞「もが」を表す。「母」は2句に既出のモ音の常用音仮名、「何」はガ音の音仮名。ここの「等」はト(乙類)音の常用音仮名で、格助詞「と」。
 5句「意母保由留加母」は「おもほゆるかも」と訓む。この句は、569番歌5句「所念鴨」と同句で、その仮名書き。同じ仮名書き例として表記は違うが、866番歌2句の「於忘方由流可母」があった。「意」「母」「保」「由」「留」は、各々、オ音・モ音・ホ音・ユ音・ル音の常用音仮名で、「保」「由」は片仮名・平仮名の字源、「留」は平仮名の字源。「意母保由留」は、ハ行四段活用の他動詞「おもふ(思ふ)」の未然形「おもは」+自発の助動詞「ゆ」の連体形「ゆる」 =「おもはゆる」の「は」が前の母音に引かれて「ほ」に転じた「おもほゆる」を表す。「加母」は、詠嘆の終助詞「かも」。「加」はカ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)。
 注の「去神龜二年作之 但以類故更載於茲」は、「去(い)にし神龜(じんき)二年、之(これ)を作(つく)る。但し、類(たぐひ)を以(もち)ての故(ゆゑ)に、更(さら)に茲(ここ)に載(の)す」と訓み、「この一首は、去る神亀(じんき)二年に作ったものである。ただし、同類の内容なので、またここに載(の)せた」という意。
 903番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  倭文(しつ)手纒(たまき) 數(かず)にも在(あ)らぬ 身(み)には在(あ)れど
  千年(ちとせ)にもがと おも(思)ほゆるかも

  (倭文たまき) とるに足りない 身ではあるが
  千年も生きたいと 思われることだよ
ラベル:万葉集
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2017年11月28日

『万葉集』を訓(よ)む(その1220)

 今回は、902番歌を訓む。897番歌(以下、「長歌」という。)の「反歌」六首の五首目である。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  水沫奈須 微命母
  栲縄能 千尋尓母何等
  慕久良志都

 1句「水沫奈須」は「水沫(みなわ)なす」と訓む。「水沫(みなわ)」は、「みなあわ(水泡)」が約まった語で、この世など儚いものの例えに用いる。「奈」はナ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、「須」はス音の常用音仮名(片仮名の字源)。「奈須」(813番歌他に既出)は、名詞、時には動詞の連体形に付いて、「…のように、…のごとく、」などの意を表す接尾語「なす」。
 2句「微命母」は「微(もろ)き命(いのち)も」と訓む。「微」は、旧訓にモロキとあり、『代匠記』はこれを改めてイヤシキと訓んだが、『私注』に「『微』は微賤の意でイヤシとも讀まれるが、微細の意でモロシと讀むことも出來る。此の歌ではモロキでなければならない。」とあるのを支持して、旧訓通り、「微(もろ)き」と訓む。「微(もろ)き」はク活用形容詞「もろし」の連体形で次の「命(いのち)」にかかる。「もろし」は、「(人の命などが)消えやすい。はかない。弱い。」の意。「母」はモ音の常用音仮名で、係助詞「も」。
 3句「栲縄能」は「栲縄(たくなは)の」と訓む。この句は、704番歌1句「栲縄之」と「の」の表記は異なるが同句。「栲縄(たくなは)」は、「楮(こうぞ)などの皮でより合わせた縄」をいう。海女(あま)が海中にはいる際の命綱などとして用いられた。「能」はノ(乙類)音の常用音仮名で、格助詞「の」。「たくなはの」は、栲縄が長いところから、「長し」「千尋(ちひろ)」にかかる枕詞。
 4句「千尋尓母何等」は「千尋(ちひろ)にもがと」と訓む。「千尋尓」は、形容動詞「ちひろなり」の連用形で「千尋(ちひろ)に」。「尓」はニ音の常用音仮名。「千尋(ちひろ)」は、「一尋の千倍。非常に長いこと、また、測りにくいほど深いこと。また、そのさま。」をいう。なお、一尋は人間の両手を広げた長さ。「母何」は、上代特有の願望の終助詞「もが」を表す。「母」は二句に既出のモ音の常用音仮名、「何」はガ音の音仮名。「等」はト(乙類)音の常用音仮名で、格助詞「と」。
 5句「慕久良志都」は「慕(ねが)ひくらしつ」と訓む。「慕」は『名義抄』に「慕 コヒシ・ネガフ・コヒネガフ・シタフ・シノブ・コノム」の訓があり、ここは、ハ行四段活用の他動詞「ねがふ」の連用形「慕(ねが)ひ」と訓む。「ねがふ」は、動詞「ねぐ(請)」に継続反復を表す助動詞「ふ」が付いてできたもので、「神仏に望むところを請い求める。いのる。祈願する。」ことをいう。「久良志」は、「長歌」の22句に既出で、サ行四段活用の他動詞「くらす」の連用形「くらし」を表す。「くらす」は、他の動詞の連用形に接続して、その行為を一日中し続ける意を表す。「久」「良」「志」は、各々、ク音・ラ音・シ音の常用音仮名。「久」「良」は、共に片仮名・平仮名の字源。「都」はツ音の常用音仮名で、完了の助動詞「つ」を表す。
 902番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  水沫(みなわ)なす 微(もろ)き命(いのち)も
  栲縄(たくなは)の 千尋(ちひろ)にもがと
  慕(ねが)ひくらしつ

  水の泡のように はかない命も
  (栲縄の) 千尋ほども長くあってほしいと
  願い暮しきたことよ
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 15:57| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする