2018年06月12日

『万葉集』を訓(よ)む(その1278)

 今回は、942番歌の19句からを訓む。
 19句・20句「許伎多武流・浦乃盡」は「こぎたむる・浦(うら)の盡(ことごと)」と訓む。「許」「伎」は、コ(乙類)音・ギ(甲類)音の常用音仮名で、「許伎」は、ガ行四段活用の他動詞「こぐ」の連用形「こぎ」を表す。「こぐ」は8句にも既出で、「櫓(ろ)や櫂(かい)などを用いて船を進める」ことをいう。「多」「武」「流」は、各々、タ音・ム音・ル音の常用音仮名で、「多」「流」は、片仮名の、「武」は平仮名の字源。「多武流」で以って、マ行上二段活用の自動詞「たむ」の連体形「たむる」を表す。「たむ」は「まわる。迂回する。めぐる。」ことをいう。「浦(うら)」は「海、湖などの湾曲して、陸地に入り込んだ所。入り江。湾。」をいう。「乃」はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」。「盡(ことごと)」は、372番歌に「日之盡」「夜之盡」、460番歌に「人乃盡」などとして既出で、「残らず、全て」の意。
 21句・22句「徃隠・嶋乃埼々」は「徃(ゆ)き隠(かく)る・嶋(しま)の埼々(さきざき)」と訓む。「徃」はカ行四段活用の自動詞「ゆく」の連用形で「徃(ゆ)き」。「隠」はラ行四段活用の自動詞「かくる」の連体形「隠(かく)る」。「嶋(しま)」は「島」の旧字で、12句・13句に既出。「乃」は20句に同じで、連体助詞「の」。「埼々(さきざき)」は、次々に見え隠れする「埼(さき)」を詠ったもの。「埼(さき)」は「陸地が海や湖などの中へつきでた所。みさき。」をいう。
 23句・24句「隈毛不置・憶曽吾来」は「隈(くま)も置(お)かず・憶(おも)ひそ吾(わ)が来(く)る」と訓む。23句は、25番歌11句の「隈毛不落」の「落」が「置」に変わっただけで、意味は同じ。「隈」は形声文字で、声符は畏(い)。「畏」には、畏懼して、回避する意がある。深奥、恐懼すべきところをいい、神異のあるところが原義。そこから「隈(くま)」は「他と境界を接する地点、奥まった場所」をいうようになる。ここでは、「曲がり角」の意。「毛」はモ(甲類)音を表わす常用音仮名で、係助詞「も」。「不置」は、間に返り点のレ点をうち「置(お)かず」と訓む。「不」は漢文の助字で否定の「ず」。「隈(くま)も置(お)かず」は、「どこの曲がり角も残さず」の意。「憶」はハ行四段活用の他動詞「思ふ」の連用形「憶(おも)ひ」。「憶」は『名義抄』に「憶 オモフ・オボユ・ムカシ・ハツ」とあり、オモフの訓が見える。「曽」はソ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、係助詞「そ」。「吾」は自称で、主格の格助詞「が」を補読して「吾(わ)が」。「来」はカ行変格活用の自動詞「く」の連体形「来(く)る」。
 25句「客乃氣長弥」は「客(たび)のけ長(なが)み」と訓む。「客」を「たび」と訓むことについては、直近の930番歌でも述べたが、上代において「旅」は異族神の支配する家郷以外の地に在ることを意味したことから、その異境に在るという念いを込めて、異族神を意味する「客」の字をあてたものと考えられる。「乃」は20句・22句に同じで、連体助詞「の」。「氣」は、ケ(乙類)音の常用音仮名で、日数の意の「日(け)」を表わす。ケは日(ひ)の複数で、二日以上にわたる場合に用いる。「長」はク活用形容詞「ながし」の語幹「長(なが)」。「弥」はミ(甲類)」音の常用音仮名で、原因・理由を表す接続助詞「み」。
 942番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  あぢさはふ 妹(いも)が目(め)かれて(離れて)
  敷細(しきたへ)の 枕(まくら)も巻(ま)かず
  櫻皮(かには)纒(ま)き 作(つく)れる舟(ふね)に
  真梶(まかぢ)貫(ぬ)き 吾(わ)が榜(こ)ぎ来(く)れば
  淡路(あはぢ)の 野嶋(のしま)も過(す)ぎ
  いなみ[印南]つま 辛荷(からに)の嶋(しま)の
  嶋(しま)の際(ま)ゆ 吾宅(わぎへ)を見(み)れば
  青山(あをやま)の そことも見(み)えず
  白雲(しらくも)も 千重(ちへ)に成(な)り来(き)ぬ
  こぎたむる 浦(うら)の盡(ことごと)
  徃(ゆ)き隠(かく)る 嶋(しま)の埼々(さきざき)
  隈(くま)も置(お)かず 憶(おも)ひそ吾(わ)が来(く)る
  客(たび)のけ長(なが)み

  (あぢさはふ) 妻の目に別れて
  (しきたへの) 手枕もせず
  桜皮(かにわ)を巻いて 作った船に
  左右に櫓をとりつけて 私が漕いでくると
  淡路の 野島もすぎ
  印南つまや 辛荷の島の
  島の間から わが家の方を見ると
  青山の どのあたりともわからず
  白雲も 幾重にもなった
  漕ぎめぐる 浦のすべて
  行きかくれる 島の崎ごとに
  何処の曲り角も残さず 家を思いつつ来ることよ
  旅の日数が重なるままに
ラベル:万葉集
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2018年06月08日

『万葉集』を訓(よ)む(その1277)

 今回は、942番歌の11句からを訓む。
 11句・12句「伊奈美嬬・辛荷乃嶋之」は「いなみ[印南]つま・辛荷(からに)の嶋(しま)の」と訓む。「伊」「奈」「美」は、各々、イ音・ナ音・ミ(甲類)音の常用音仮名で、「伊」は片仮名の、「奈」は片仮名・平仮名の、「美」は平仮名の字源。「伊奈美」で以って、地名「いなみ[印南]を表す。「嬬」は「つま」を表すための借訓字。「いなみ[印南]つま」は、509番歌37句の「稲日(いなび)つま」と同じで、兵庫県高砂市の加古川河口の三角洲上にあった島かという。509番歌のところでも述べたが、『播磨風土記』にはナビツマという形で見え、景行天皇が印南の別嬢(わきいらつめ)に求婚した時に、それを聞いて驚いた別嬢がこの島に逃げ渡って隠れたので、その島を「南毗都麻(なびつま)(隠び妻)」という、との伝説を載せている。「辛荷乃嶋」は、「辛荷(からに)の嶋(しま)」と訓む。「乃」は、3句・10句に同じで、連体助詞「の」。「辛荷」は「唐荷」とも「韓荷」とも書かれる。阿蘇『萬葉集全歌講義』に詳しく注されているので、後に[参考]として引用しておく。「之」は漢文の助字で、連体助詞「の」。
 13句・14句「嶋際従・吾宅乎見者」は「嶋(しま)の際(ま)ゆ・吾宅(わぎへ)を見(み)れば」と訓む。13句は、429番歌1句の「山際従」と同じ表現で、「山」が「嶋」に変わっただけ。「嶋際」は、「嶋(しま)の際(ま)」と訓み、「嶋の間」のこと。「従」は、漢文の助字で「より。… から。」の意の格助詞「ゆ」に用いたもの。「吾宅」は、663番歌2句の「吾家」と同じく、「わがいへ」がつづまった「吾宅(わぎへ)」と訓む。「わぎへ」は「自分の家」の意。「わぎへ」の仮名書きの既出例としては、841番歌4句の「和企弊」・859番歌2句の「和伎覇」がある。「乎」はヲ音の常用音仮名(片仮名の字源)で、動作の対象を示す格助詞「を」。「見者」は、322番歌他に既出、マ行上一段活用の他動詞「見る」の已然形「見れ」+順接の確定条件を表わす接続詞「ば」で、「見(み)れば」。
 15句・16句「青山乃・曽許十方不見」は「青山(あをやま)の・そことも見(み)えず」と訓む。「青山(あをやま)」(377・688番歌に既出)は、「草木が青々と茂っている山」をいう。「青山」を詠み込んだ歌は『万葉集』に七首あるが、本歌が三首目。「乃」は12句と同じく、連体助詞「の」。「曽」はソ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、「許」はコ(乙類)の常用音仮名。「曽許」で以って、不定の場所をさし示す代名詞「そこ」を表す。「十」は「と(乙類)」の訓仮名で、格助詞「と」。「方」は「も」の訓仮名で、係助詞「も」。「不見」は、ヤ行下二段活用の自動詞「みゆ」の未然形で「見(み)え」+打消しの助動詞「ず」(連用形。漢文の助字「不」で表記)=「見(み)えず」。
 17句・18句「白雲毛・千重尓成来沼」は「白雲(しらくも)も・千重(ちへ)に成(な)り来(き)ぬ」と訓む。17句は、243番歌3句と同句。「白雲(しらくも)」は「白い雲。白く見える雲。」「白」を「しら」と訓む語としては他に「白波」「白露」「白玉」などがあるが、「白栲」は「しろたへ」と訓むので、複合語の場合に「しら」と訓むと言い切ることはできないので、この母音交替は、「露出形」と「被覆形」ということでもないようだ。「毛」は、モ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、係助詞「も」。「千重(ちへ)」(932番歌他に既出)は、「数多くかさなること」をいう。「尓」はニ音の常用音仮名で、動作の状態を示す格助詞「に」。「成」はラ行四段活用の自動詞「なる」の連用形「成(な)り」。「来」はカ行変格活用の自動詞「く」の連用形「来(き)」。「沼」は「ぬ」の常用訓仮名で、完了の助動詞「ぬ」を表す。「千重(ちへ)に成(な)り来(き)ぬ」は、「幾重にもなった」の意。
 19句以降は、次回に続く。

[参考]阿蘇『萬葉集全歌講義』より

[唐荷の島]兵庫県たつの市御津(みつ)町室津(むろつ)の藻振鼻(もぶりはな)の西南二キロメートルの沖に、西より沖の唐荷、中の唐荷、地の唐荷の三島として存在する。無人島である。沖の唐荷と中の唐荷との間には岩礁がつらなり、干潮時に姿を見せる。地の唐荷の東方近くにも暗礁があり、現代でも、ここで難破する船が多いという。なお、唐荷島が一望できる藻振鼻には、犬養孝氏筆の赤人の歌(九四三番歌)の歌碑がある。播磨国風土記揖保郡浦上の里条に、韓人の船が難破して、その漂流物がこの島に着いたという地名起源説話を載せている。左記に示す。

 神島。伊刀島の東にある。神島というわけは、この島の西のあたりに、石でできた神がおいでになる。形が、仏像によく似ている。だから、その神の像によって島の名とした。この神の顔に、五色の玉がある。また、胸に流れ伝う涙がある。この涙も五色に輝いている。涙を流しているわけは、応神天皇のみ世に、新羅から旅人がやってきた。そうしてこの神の立派な様子を見て、すばらしく珍しい玉だと思い、神像の顔面をくじり、その眼球をえぐり取った。神はそれで涙を流した。そして神は、怒るやいなや暴風を起こし、旅人の船を打ち壊した。船は、高島の南の海岸にただよい沈んで、乗っていた人はすべて死んだ。そこでその浜に埋葬した。それで名付けて韓浜(からはま)というのである。今でもそこを通過する者は、心に固くつつしむ気持ちを持ち、決して韓人ということばを口にせず、盲人のことにも関わらないようにする風習がある。
 韓荷(からに)の島。その韓人の壊れた船とただよっていた荷物とが、この島に漂着した。だから、韓荷の島と名付けた。
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2018年06月05日

『万葉集』を訓(よ)む(その1276)

 今回は、942番歌を訓む。題詞に「過辛荷嶋時山部宿祢赤人作歌一首[并短歌]」とあって、「山部宿祢赤人」が「辛荷嶋」を「過ぐる時」に詠んだ二十五句からなる長歌であり、後に反歌三首(943〜945番歌)を伴う。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  味澤相 妹目不數見而 
  敷細乃 枕毛不巻 
  櫻皮纒 作流舟二 
  真梶貫 吾榜来者 
  淡路乃 野嶋毛過 
  伊奈美嬬 辛荷乃嶋之 
  嶋際従 吾宅乎見者 
  青山乃 曽許十方不見 
  白雲毛 千重尓成来沼 
  許伎多武流 浦乃盡 
  徃隠 嶋乃埼々 
  隈毛不置 憶曽吾来 
  客乃氣長弥

 1句・2句「味澤相・妹目不數見而」は「あぢさはふ・妹(いも)が目(め)かれて(離れて)」と訓む。1句は、196番歌の47句と同句。「味澤相」は「あぢさはふ」を表すための借訓字。「あぢさはふ」は、『萬葉集』に五例あるが、全て表記は「味澤相」。枕詞として使われたが、語義、かかり方ともに未詳である。阿蘇『萬葉集全歌講義』の注に「あぢさはふ 『目』にかかる枕詞。井出至氏は、目にあじ鴨(ともえ鴨)をとる網の目をかけているとし、サハフをさえぎる意の下二段活用の他動詞サフの未然形サヘが、サハに転じ、それに反復継続の意の接尾語フがついたものとした(「枕詞あぢさふの背後」国語国文 昭三二・七)。」とある。「妹目」は、間に連体助詞「が」を補読して「妹(いも)が目(め)」と訓む。「目」は顔の代表であり、顔を見る、会うことを「目を見る」という。「不數見而」は、旧訓にシバミズテとあったが、それでは一句が九音になるので、賀茂真淵『萬葉考』は「數」を除いてミズテと訓んだ。加藤千蔭『萬葉集略解』に「宣長は不數見而にて、かれてと訓まむといへり」と宣長説を紹介しこれを採用して以後は、これに諸注従っている。「かる(離る)」は、ラ行下二段活用の自動詞で、「空間的、時間的、心理的に対象との間隔が大きくなる。離れる。」ことをいう。「妹(いも)が目(め)かれて」は「妻と離れて」の意。同様の表現の既出例として、300番歌4句の「妹(いも)を目離(めか)れず」がある。
 3句・4句「敷細乃・枕毛不巻」は「敷細(しきたへ)の・枕(まくら)も巻(ま)かず」と訓む。3句は、438番歌3句・633番歌3句の「敷細之」と連体助詞「の」の表記は異なるが同句。「敷細」は「敷栲」「敷妙」と同じく「しきたへ」と訓む。連体助詞「の」はここではノ(乙類)音の常用音仮名で片仮名・平仮名の字源である「乃」で表記。「しきたへの」は、敷栲が寝具の意となるところから、寝具として使われる「床」「枕」「手枕」などにかかる枕詞として用いられた。ここは次の「枕」にかかる。「枕(まくら)」は、633番歌他にも既出で、「寝る時に頭をのせて、頭を支える道具。」をいう。「毛」はモオンの常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、係助詞「も」。「不巻」は、カ行四段活用の他動詞「まく」の未然形「巻(ま)か」+打消しの助動詞「ず」(連用形。漢文の助字「不」で表記)で。「巻(ま)かず」と訓む。「まく」は「枕にする。枕にして寝る。」意。
 5句・6句「櫻皮纒・作流舟二」は「櫻皮(かには)纒(ま)き・作(つく)れる舟(ふね)に」と訓む。「櫻皮(かには)」は、「植物『うわみずざくら(上溝桜)』の古名。また、その樹皮。」をいう。上代においては、舟に巻いたり、種々の器物に張ったり、曲げ物などを縫い合わせたりするのに用いられた。「纒」はカ行四段活用の他動詞「まく」の連用形「纒(ま)き」。ここの「まく」は、「物の周りにぐるぐると絡ませる。まといつかせる。」意。「作」はラ行四段活用の他動詞「つくる」の已然形「作(つく)れ」。「つくる」は、「新しく物をこしらえる。製造する。製作する。組み立てる。」ことをいう。「流」はル音の常用音仮名(片仮名の字源)で、完了の助動詞「り」の連体形「る」に用いたもの。「舟(ふね)」は「水の上に浮かべ、人や荷物をのせて水上を渡航する交通機関。」をいう。「二」はニ音の音仮名(片仮名の字源)で、格助詞「に」。
 7句・8句「真梶貫・吾榜来者」は「真梶(まかぢ)貫(ぬ)き・吾(わ)が榜(こ)ぎ来(く)れば」と訓む。「真梶(まかぢ)」(366番歌に既出)は、「左右そろった梶」の意。「梶」は、船を漕ぐのにもちいる道具で、「櫓」や「櫂」の総称。「櫓」は、奈良時代に中国から導入され、それまでの「櫂」に代わって広く普及したとされるので、ここの「梶」も「櫓」であったものと思われる。「貫」はカ行四段活用の他動詞「ぬく」の連用形「貫(ぬ)き」。「ぬく」は「突き破ったり、しみ通らせたりして向こう側へ出す。」ことをいう。8句は、220番歌14句と同句。「吾」は格助詞「が」を補読して「吾(わ)が」と訓む。「榜」は、ガ行四段活用の他動詞「こぐ」の連用形で「榜(こ)ぎ」。「こぐ」は「櫓(ろ)や櫂(かい)などを用いて船を進める」ことを言う。なお、現在「こぐ」に普通使われる「漕」の字は『萬葉集』には見られない。「来者」は、カ行変格活用の自動詞「く」の已然形で「来(く)れ」+順接の確定条件を表す接続助詞「ば」(「は」の訓仮名「者」を流用)=「来(く)れば」。
 9句・10句「淡路乃・野嶋毛過」は「淡路(あはぢ)の・野嶋(のしま)も過(す)ぎ」と訓む。9句は。933番歌の11句と同句。「淡路(あはぢ)」は、南海道六カ国の一つで、瀬戸内海東部にある淡路島全体をいい、古代より荘園が多く置かれた所である。「乃」は、3句に同じで、連体助詞「の」。「野嶋」は、250番歌4句に「野嶋(のしま)の埼(さき)に」として詠まれた所で、現在の兵庫県淡路市野島。淡路島の北端から西側に約四キロの地。「毛」は4句に同じで、係助詞「も」。「過」はガ行上二段活用の自動詞「すぐ」の連用形で「過(す)ぎ」。「すぐ」は「ある場所の近くを通って、そこから離れ去って行く。」ことをいう。
 11句以降は次回に続く。
ラベル:万葉集
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