2017年11月23日

『万葉集』を訓(よ)む(その1219)

 今回は、901番歌を訓む。897番歌の「反歌」六首の四首目である。
 写本に異同はなく、原文]は次の通り。

  麁妙能 布衣遠陀尓 伎世難尓
  可久夜歎敢 世牟周弊遠奈美

 1句「麁妙能」は「麁妙(あらたへ)(粗栲)の」と訓む。「麁(そ)」は「粗(そ)」と同じで、「あらく、きめ細かでないこと」の義を持つ字であることから、語素「あら」の表記にあてたもの。「あら」は、主として名詞の上について、これと熟合して用いられ、「十分に精練されていないさま、粗製の、雑な、細かでない、すきまの多い」意を表わす。「妙(たへ)」は借訓字で、布の「栲(たへ)」を表わす。「麁妙(あらたへ)(粗栲)」は「藤やカジノキなどの木の皮の繊維で織った粗末な布」をいう。「能」はノ(乙類)音の常用音仮名で、連体助詞「の」。「あらたへの」は、50・52・252番歌に既出で、そこでは、「あらたへを作る材料である藤」というつづきで「藤」を含む地名「藤原」「藤井」「藤江」にかかる枕詞として用いられていたが、ここは枕詞でなく、本来の「木の皮の繊維で織った粗末な布」の意で次の句の修飾として用いたもの。
 2句「布衣遠陀尓」は「布衣(ぬのきぬ)をだに」と訓む。「布衣(ぬのきぬ)」は、「布で作った衣服」をいう。「遠」はヲ音の準常用音仮名で、格助詞「を」。「陀」「尓」はダ音・ニ音の常用音仮名で、「陀尓」で以って、副助詞「だに」を表わす。「だに」は、最小限の一事をあげて「せめて〜だけでも」と強調する働きをするが、転じて「〜までも」「〜すら」の意としても使われる。
 3句「伎世難尓」は「きせがてに」と訓む。「伎」はキ(甲類)音の常用音仮名、「世」はセ音の常用音仮名で片仮名・平仮名の字源。「伎世」は、サ行下二段活用の他動詞「きす(着す)」の連用形「きせ」を表す。「きす(着す)」は「衣服などを身にまとわせる。着させる。」ことをいう。「難尓」は485番歌に既出で、「がてに」と訓み、「困難で」の意。「かてに」と訓む説もあるが、『日本古典文学大系』の補注の説により「がてに」とした。(後ろに[参考]として補注を再度引用しておく。)
 4句「可久夜歎敢」は「かくや嘆(なげ)かむ」と訓む。「可」はカ音の常用音仮名、「久」はク音の常用音仮名で片仮名・平仮名の字源。「可久」は、副詞「かく」を表し、「このように」の意。「夜」はヤ音の常用音仮名で、係助詞「や」。「歎敢」は、カ行四段活用の自動詞「なげく」の未然形「嘆(なげ)か」+意思・意向の助動詞「む」=「嘆(なげ)かむ」。「なげく」の未然形の活用語尾「か」と助動詞「む」の表記に「かむ」の字音を持つ「敢」をあてた。なお「……や……む」は、詠嘆表現。
 5句「世牟周弊遠奈美」は「せむすべをなみ」と訓む。「世」は3句に既出のセ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、「牟」はム音の常用音仮名(片仮名)で、「世牟」は、サ行変格活用の自動詞「す(為)」の未然形「せ」+意志・意向の助動詞「む」(連体形)で、「せむ」。「周」はス音の音仮名、「弊」はベ(甲類)音の常用音仮名で、「周弊」は、「なすべき手だて。そうすればよいというしかた。手段。方法。」の意の「すべ」を表す。「遠」は2句に既出のヲ音の準常用音仮名で、格助詞「を」。「奈」はナ音の常用音仮名で、片仮名・平仮名の字源、「美」はミ(甲類)音の常用音仮名で、平仮名の字源。「奈美」は、前歌(900番歌)の3句にも既出で、ク活用形容詞「なし」の語幹「な」+接続助詞「み」=「なみ」を表す。
 901番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  麁妙(あらたへ)(粗栲)の 布衣(ぬのきぬ)をだに きせ(着せ)がてに
  かくや嘆(なげ)かむ せむすべをなみ

  粗末な布の 衣服さえも 着せてやることができずに
 このように嘆くことか どうにもしようがなくて

[参考]『日本古典文学大系』四八五番歌の補注
 カテニは普通、耐える意のカツ(下二段活用)の未然形に、否定のズの古形ニが接続して成立した語と説かれている。語源的な説明としてはそれで正しいものと考えられるが、注意すべきことは、奈良時代の人々が、一般に果たしてそのような意識、つまり、ニは否定のズの連用形なのだという意識をもっていたかどうかということである。否定のズとかヌとかは、万葉集の訓仮名表記の部分では(字音仮名ばかりで書いてあるところは別として)不、莫の文字で書くのが通例で、不や莫を用いないのは、願望のヌカ、ヌカモの場合である。これは、ヌカ、ヌカモという助詞全体で一語と意識されていて、それを語源にさかのぼって、否定のズの連体形ヌにカモの接続した形という意識が無かった結果、不や莫をその部分にあてなかったものと考えられる。それと同様のことが、カテニの場合にも起こっている。すなわち、行過勝尓(ユキスギカテニ)(二五三)、待勝尓(マチカテニ)(一六八四)というような例があるのは、ニが否定のズの連用形であることを忘れた(あるいは知らない)表記と見られるのである。さらに、表意的な文字として勝の他に、難が用いられている。得難尓為(エガテニス)(九五)、待難尓為(マチガテニスレ)(六二九)などの例がそれである。難尓という表記は、カタシという形容詞の語幹カタに助詞ニがついたもので、一種の混淆(コンタミネーション)の結果である。これを何と訓んだかについては、恐らくガテニと訓んだのではないか。「君待ち我弖尓(ガテニ)」(八五九・三四七〇)の二例の存在が、その証となる。
 つまりカテニという言葉は、元来はカツの未然形にズの連用形がついて成立したが、奈良時代ではその語源意識は失われカテニはガテニに移行しつつあり、ガテニで一まとまりとして意識されていた。その意識の形成は、否定のニの一般的衰退、「難し」という意味・語形の類似する語の存在という事情が密接な関係をもっていたということである。
ラベル:万葉集
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2017年11月21日

『万葉集』を訓(よ)む(その1218)

 今回は、900番歌を訓む。897番歌(以下、「長歌」という。)の「反歌」六首の三首目である。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  富人能 家能子等能 伎留身奈美
  久多志須都良牟 絁綿良波母

 1句「富人能」は「富人(とみひと)の」と訓む。「富人(とみひと)」は「富んだ人。裕福な人。金持。」の意。「能」はノ(乙類)音の常用音仮名で、連体助詞「の」。
 2句「家能子等能」は「家(いへ)の子等(こども)の」と訓む。「家能子等」は、「家(いへ)の子等(こども)」と訓み、「その家に生まれた子供。」の意で、特に良家の子弟、高貴の子供の場合に用いられる。「子等」は「長歌」の31句に「兒等」とあったのと同じで、「ども」は、名詞・代名詞に付いて、そのものを含めて、同類の物事が数多くあることを示すが、必ずしも多数とは限らず、同類のものの一、二をさしてもいう。「能」は1句に既出で、ここは格助詞「の」を表す。
 3句「伎留身奈美」は「きる身(み)なみ」と訓む。「伎」はキ(甲類)音の常用音仮名、「留」はル音の常用音仮名で平仮名の字源。「伎留」で以って、カ行上一段活用の他動詞「きる(着る)」(連体形)を表す。「身(み)」は「人間のからだ。身体。肉体。」の意。「奈」はナ音の常用音仮名で、片仮名・平仮名の字源、「美」はミ(甲類)音の常用音仮名で、平仮名の字源。「奈美」は、ク活用形容詞「なし」の語幹「な」+接続助詞「み」=「なみ」を表す。この句について、澤潟『萬葉集注釋』は、「富み人は着物はたくさん持つてゐても、それを着る子供の方は僅かでそれを着られないのを、着る身が無くて、と云つた。」と注し、井村『萬葉集全注』は、「着る身の数に比べて着物が多くて、有り余ること。貧乏人の子沢山の反対。」と注している。
 4句「久多志須都良牟」は「くたしすつらむ」と訓む。「久」「多」「志」は、ク音・タ音・シ音の常用音仮名で、「久」は片仮名・平仮名の字源、「多」は片仮名の字源。「久多志」は、サ行四段活用の他動詞「くたす(腐す)」の連用形「くたし」を表す。「くたす」は、「朽ちさせる。くさらせる。損ずる。」ことをいう。「須」「都」「良」「牟」は、各々、ス音・ツ音・ラ音・ム音の常用音仮名で、「須」と「牟」は、片仮名の、「良」は片仮名・平仮名の字源。「須都良牟」は、タ行下二段活用の他動詞「すつ(捨つ)」+推量の助動詞「らむ」(連体形)=「すつらむ」を表す。「すつ」は「不用のものとして投げだす。使わないでほうりだす。」ことをいう。
 5句「絁綿良波母」は「絁(きぬ)綿(わた)らはも」と訓む。「絁(きぬ)綿(わた)」は、「絹と綿」。「良」は4句に既出、ここは語調を整える接尾語の「ら」を表す。「波」「母」は、ハ音・モ音の常用音仮名で、「波」は平仮名の字源。「波母」は、詠嘆を表す終助詞「はも」。「は」「も」いずれも語源的には係助詞であるが、文末にあっては、二語とも間投機能を担っていると考えられる。
 この句について、阿蘇『萬葉集全歌講義』は次のように注している。

絁綿らはも 絁は絹に対し、太い絹糸で織ったもので、比較的粗悪な絹布。アシギヌとキヌ、あるいは、キヌとネリギヌのように区別される。当時の綿は、繭からとる真綿。木綿(もめん)の渡来は、延暦十八年(七九九)七月に崑崙(こんろん)人が参河国に漂着して綿種を伝えたことにより、翌十九年四月、その綿種を諸国に賜ったという(『日本後紀』)。崑崙(こんろん)は、マレー半島・インドシナ半島方面の総称。

 900番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  富人(とみひと)の 家(いへ)の子等(こども)の きる(着る)身(み)なみ 
  くたし(腐し)すつ(捨つ)らむ 絁(きぬ)綿(わた)らはも

  富んだ人の 家の子供の 衣服が多すぎて
  腐らせて捨てているだろう 絹や綿よ ああ
ラベル:万葉集
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2017年11月17日

『万葉集』を訓(よ)む(その1217)

 今回は、899番歌を訓む。897番歌(以下、「長歌」という。)の「反歌」六首の二首目である。
 写本の異同としては、5句の四字目<佐>を『西本願寺本』に「作」とあることが挙げられるが、『類聚古集』『紀州本』に「佐」とあるのを採る。原文は次の通り。

  周弊母奈久 苦志久阿礼婆
  出波之利 伊奈々等思騰
  許良尓<佐>夜利奴

 1句「周弊母奈久」は「すべもなく」と訓む。この句は、892番歌(貧窮問答歌)の5句「為部母奈久」と「すべ」の表記が異なるだけで同句。「周」はス音の音仮名、「弊」はベ(甲類)音の常用音仮名。「周弊」で以って、「なすべき手だて。そうすればよいというしかた。手段。方法。」の意の「すべ」を表す。「母」はモ音の常用音仮名で、係助詞「も」。「奈」はナ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、「久」はク音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)。「奈久」は、ク活用形容詞「なし」の連用形「なく」を表す。
 2句「苦志久阿礼婆」は「苦(くる)しくあれば」と訓む。「苦志久」は、シク活用形容詞「くるし」の連用形「苦(くる)しく」。連用形であることを明示するために、活用語尾「しく」をシ音・ク音の常用音仮名である「志久」で表記したもの。「くるし」は「難儀である。つらい。せつない。」の意。「阿礼婆」(「長歌」35句に既出)は、ラ行変格活用の自動詞「あり」の已然形「あれ」+順接の確定条件を表す接続助詞「ば」=「あれば」。「阿」「礼」「婆」は、各々、ア音・レ音・バ音の常用音仮名で、「阿」は片仮名の字源、「礼」は片仮名・平仮名の字源。
 3句「出波之利」は「出(い)ではしり」と訓む。「出」はダ行下二段活用の自動詞「いづ」の連用形で「出(い)で」。「いづ」は「(ある限られた場所から)その外へ進み動いて行く。また、外のある場所に位置を変える。」ことをいう。「波之利」は、ラ行四段活用の自動詞「はしる(走る)」の連用形「はしり」を表す。「はしる」は、「人や動物が素早く移動する」ことをいう。「波」「之」「利」は。ハ音・シ音・リ音の常用音仮名で、「波」は平仮名の字源、「之」「利」は、片仮名・平仮名の字源。
 4句「伊奈々等思騰」は「いななと思(おも)へど」と訓む。「伊」はイ音の常用音仮名(片仮名の字源)、「奈」は1句に既出のナ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、「伊奈々」は、ナ行変格活用の自動詞「いぬ(去ぬ)の未然形「いな」+願望の終助詞「な」=「いなな」を表す。「いぬ」は「ある場所から立ち去って、他の場所へ行く」ことをいう。「等」はト(乙類)音の常用音仮名で、格助詞「と」。「思騰」(「長歌」30句に既出)は、ハ行四段活用の他動詞「おもふ」の已然形「思(おも)へ」+逆接の既定条件を示す接続助詞「ど」=「思(おも)へど」。「騰」はド(乙類)音の準常用音仮名。
 5句「許良尓佐夜利奴」は「こらにさやりぬ」と訓む。「許」はコ(乙類)音の常用音仮名、「良」はラ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、「許良」は、「長歌」の31句・32句「五月蝿(さばへ)なす・さわく兒等(こども)を」を承けたものとして、「こら(子ら)」と訓む。ただし、「許」は乙類のコであるので、これを「子」と解するのは例外(子は甲類のコで表記されるのが通例)であるため、ここを乙類のコで表記される指示語の「此」として、「此ら」と訓んで、傍の子を指したものとする説もある。「尓」はニ音の常用音仮名で、格助詞「に」。「佐」「夜」「利」「奴」は、各々、サ音・ヤ音・リ音・ヌ音の常用音仮名で、うち「利」「奴」は片仮名・平仮名の字源。「佐夜利奴」は、ラ行四段活用の自動詞「さやる(障る)」の連用形「さやり」+完了の助動詞「ぬ」=「さやりぬ」を表す。「さやる」は「引っかかる。邪魔をする。」の意。
 899番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  すべもなく 苦(くる)しくあれば
  出(い)ではしり(走り) いな(去な)なと思(おも)へど
  こ(子)らにさやり(障り)ぬ

  どうしようもなく 苦しいので
  家から走り出て どこかへ行ってしまいたいと思うのだが 
  この子らに邪魔されてしまった
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 09:59| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする