2017年07月21日

『万葉集』を訓(よ)む(その1184)

 今回は887番歌を訓む。前回まで四回にわたって訓んできた886番歌(以下、「長歌」という)の反歌一首目である。
 写本にほぼ異同はなく、原文は次の通り。

  多良知子能 波々何目美受提
  意保々斯久 伊豆知武伎提可
  阿我和可留良武

 本歌で使われている万葉仮名は次の通り。
 片仮名・平仮名の字源となった常用音仮名では、ク音の「久」・ホ音の「保」・ラ音の「良」・ワ音の「和」が使われている。片仮名の字源となった常用音仮名では、ア音の「阿」・イ音の「伊」・タ音の「多」が、平仮名の字源となった常用音仮名では、チ音の「知」・ハ音の「波」・ミ(甲類)音の「美」・ム音の「武」・ル音の「留」が使われている。その他の常用音仮名としては、オ音の「意」・カ音の「可」・ガ音の「我」・キ(甲類)音の「伎」・シ音の「斯」・ズ音の「受」・ヅ音の「豆」・ノ(乙類)音の「能」が使われ、準常用音仮名ではテ音の「提」が、音仮名では、ガ音の「何」・シ音の「子」が使われている。なお、「目」は正訓字で、仮名ではない。

 1句「多良知子能」は「たらちしの」と訓む。「多良知子能(たらちしの)」は、「長歌」3句「多羅知斯夜(たらちしや)」と同じく、「母」にかかる枕詞。
 2句「波々何目美受提」は「ははが目(め)みずて」と訓む。「波々」は「はは(母)」。「何」は連体助詞「が」。ここの「目(め)」は、麻田陽春が熊凝の気持を代弁して詠んだ885番歌の5句の「おや(親)の目(め)」の「目(め)」に同じで、「恋しく思う人を見ること」の意。「美受提」は、マ行上一段活用の他動詞「みる(見る)」の連用形「み」+打消しの助動詞「ず」(連用形)+接続助詞「て」=「みずて」を表す。「母が目見ずて」は「恋しい母に逢わずに」の意。
 3句「意保々斯久」は「おほほしく」と訓む。この句は、麻田陽春の884番歌3句と同句。「意保々斯久」は、シク活用形容詞「おほほし」の連用形「おほほしく」を表す。「おほほし」は、「ぼんやりして明らかでない。」「心が悲しみに沈んで晴れない。」「愚鈍である。」などの意。ここの「おほほしく」は「心も晴れずに」の意。
 4句「伊豆知武伎提可」は「いづちむきてか」と訓む。「伊豆知」は、574番歌の「何處(いづち)」に同じで、方角に関する不定称である「いづち」を表す。「武伎」は、カ行四段活用の自動詞「むく(向く)」の連用形「むき」を表す。「むく」は「その方向・方角へ、自分の正面が位置をとるようにする。面する。また、対する。」ことをいう。「提」は2句に同じで、接続助詞「て」を、「可」は疑問の係助詞「か」を表す。
 5句「阿我和可留良武」は「あがわかるらむ」と訓む。「阿」は自称の「あ(我)」を、「我」は格助詞「が」を表す。「和可留」は、ラ行下二段活用の自動詞「わかる(別る)」を表す。「わかる」は「ある人やある場所から離れて立ち去る。別離する。」ことをいうが、ここでは「死んで会えなくなる。死に別れをする。」の意に用いている。「良武」は、現在の事態を推量する助動詞「らむ」を表す。
 なお、4句・5句「いづち向きてか・我が別るらむ」について、荷田信名『萬葉集童蒙抄』に「今黄泉におもむく長き別路、いづかたへむかひて行かんと也。又いづかたへ向ひて親に別れを惜まんとの意とも見るべし」と二つの解釈を示している。前者の解釈を採る注釈書が圧倒的に多いが、澤潟『萬葉集注釋』は後者の解釈を採っている。その論説は説得力に富むものであると思うのだが、澤潟以降も依然として前者説をとる注釈書が多く、それらの諸注が澤潟の説には全く触れていないことに違和感を覚える。結論的に言えば、『萬葉集童蒙抄』が示した二つの解釈は対立するものではなく、『童蒙抄』は「又……とも見るべし」と言っているので、二つの意味を作者は意図して詠んだものと考えるのが良いと思う。
 後ろに[参考]として、後者説を採る澤潟『萬葉集注釋』と前者説を採る井村『萬葉集全注』・阿蘇『萬葉集全歌講義』からの引用を掲載しておくので参考にされたい。
 887番歌の平仮名文及び漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  たらちしの ははがめみずて
  おほほしく いづちむきてか 
  あがわかるらむ

  たらちしの 母が目見ずて
  おほほしく いづち向きてか
  我が別るらむ

  (たらちしの) 恋しい母に逢わずに
  心も晴れず どちらを向いて
  私はお別れを言い又去って行けばよいのだろうか

[参考] まず、後者説を採る澤潟『萬葉集注釋』からの引用。

 いづち向きてか吾が別るらむ ー 童蒙抄に「(a)今黄泉におもむく長き別路、いづかたへむかひて行かんと也。又(b)いづかたへ向ひて親に別れを惜まんとの意とも見るべし」と兩説をあげてゐるが、その後の諸注、たゞ全註釋に「家郷の方向を知らぬ趣であらうが、表現は不十分である」とある以外、管見に入るところ殆ど皆無造作に前説(a)が採られてゐる。しかし前説(a)を採るならば後説(b)があたらない事を解説すべきではなからうか。私は前から(b)説とのみ思ひ込んでゐたので、この注釋の筆を執るにあたつて、はじめて(a)説がある事を知つたので、知つた以上はその可否を考へねばならぬ。そこでまづ問題になるのは「別る」といふ言葉の意味用法である。たとへば(a)説の一例として略解をあげると「みまかりていづ方へ向ていぬるらむと云也」とあるが、そこには「別る」といふ言葉は出て來ないのである。「みまかりて」がそれだといふ事になるかと思ふが、れならば、「別れていづ方へ向きて行くらむ」の解釋になるのではなからうか。「可奈思伊毛乎(カナシイモヲ) 伊都知由可米等(イヅチユカメト)」(十四・三五七七)といふ例があるが、それは「いづち」に「行く」のであつて、その「いづち」は「行く」方向である事明らかである。しかるに「別る」といふ言葉は、ある人、ある場所から「さよなら」をする事であり、その「さよなら」をする對象に對する動作であるから、その「何々に向きて」といふ何々は對象を示すのが通例である。「西と東とに別れる」といふ言葉もあるのだから、「何々に向きて別れる」といふ語も(a)説のやうに解釋出來さうであるが、それこそ不十分な表現であつて、その事は右の略解の解釋がはつきり示してゐると思ふ。たとへば攷證に「何方に向て、吾泉路に別れゆかんといふ也」とあり、古義に「何方へ向ひて、冥途へいぶせく別れ去らむぞ、となり」とあるやうに、いづれも「行く」「去る」の語を加へてゐる事が注意せられるであらう。その點は前に述べた「沖に漕ぐ」は沖にありて漕ぐのであり、「沖に漕ぎ出づ」が沖の方へ漕出づであり、「漕ぐ」には移動の方向性がなく、「出づ」が加はつてはじめてそれが示される(一・七二、三・二七〇参照)のとも似てゐると云へよう。そのやうに、「吾が別る」に對象する「いづち向きてか」は作者が心を惹かれてゐる兩親の方と見るのが當然だといふ事にならう。なほ云へば、
  霞居る富士の山傍(び)に吾が來なば伊豆知武吉氐加(イヅチムキテカ)妹が歎かむ(十四・三三五七)
と、やはり第四句に同様の句があり、それは夫の去つたあとの女がどちらを見て歎かうか、といふので、その使ひ方は今と同じである。なほ第五句の結び「らむ」についても諸注に何の説明もされてゐないが、この「らむ」は通例ならば「別れむ」とあつてよいところであり、そこを特に「別るらむ」としたところに、作者の期するところがあつたので、いづこを見ても我が身はなみなみならぬ離別の思ひに終る事にならうか、と云つたと見るべきであらう。

 次に、前者説を採る井村『萬葉集全注』からの引用。井村は、澤潟が「諸注に何の説明もされてゐない」と言った第五句の結び「らむ」について述べ、それを、前者説を採る根拠としている。

○いづち向きてか我が別るらむ 童蒙抄に、「いづかたへむかひて行かむ」と「いづかたへ向ひて親に別れを惜まん」の二解を示している。古典大系は、助動詞ラムを、「自分の直接経験しないことを推量する助動詞。ここでは死後の自分がどうなるか分からないことをいうので用いられている」として前者の解をとる。別ルラムは、別レ行クラムの意と見て前者を取りたい。古義に、「何方へ向ひて、冥途へいぶせく別れ去らむぞ」とあるのが良いであろう。冥途の道行きはお互いに不案内なのである。「稚ければ道行き知らじ」(九〇五)。

 最後に、阿蘇『萬葉集全歌講義』からの引用。井村と同様、童蒙抄が二つの解を示しているとして前者説を採っている。しかし、澤潟の引用している童蒙抄を見れば分かるように、童蒙抄は二つの解を示したのではなく、両方の意味が込められていることを指摘したものだと思う。

いづち向きてか 童蒙抄に、「いづかたへむかひて行かむ」と「いづかたへ向ひて親に別れを惜まん」の二解を示している。大系はじめ多くは、前者と解するが、全集は、「安芸から肥後へ、西南方を向くべきなのに、瀕死の混濁でどちらを向いているのか自分もわからないことをいう」とする。新全集もほぼ同じ。前者とみたい。
我(あ)が別るらむ 「別る」は、別れ去る意。

 以上、前者説を採る諸注がいずれも、澤潟の説をほぼ無視しているのに、少しく憤りすら覚えて長々引用したものである。
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 14:32| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月18日

『万葉集』を訓(よ)む(その1183)

 今回は、山上憶良作「熊凝(くまごり)の為に其の志を述ぶる歌」六首の一首目である886番歌の23句からを訓む。
 23句・24句「國尓阿良婆・父刀利美麻之」は「國(くに)にあらば・父(ちち)とりみまし」と訓む。ここの「國(くに)」は熊凝(くまごり)の故郷(肥後国)をさす。「尓」(16句に既出)はニ音の常用音仮名で、場所を示す格助詞「に」。「阿」はア音の常用音仮名(片仮名の字源)、「良」(5・12・22句に既出)はラ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、「婆」(14・18句に既出)はバ音の常用音仮名。「阿良婆」は、ラ行変格活用の自動詞「あり」の未然形「あら」+仮定条件を示す接続助詞「ば」=「あらば」を表す。「父(ちち)」は熊凝(くまごり)のお父さん。「刀」(18句に既出)はト(甲類)音の常用音仮名、「利」(17・18句に既出)はリ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、「美」はミ(甲類)音の常用音仮名(平仮名の字源)で、「刀利美」は、マ行上一段活用の他動詞「とりみる(取り見る)」の未然形「とりみ」を表す。「とりみる」は「看病する。介抱する。」ことをいう。「麻」(16句に既出)はマ音の常用音仮名、「之」はシ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、「麻之」で以って、反実仮想の助動詞「まし」を表す。
 25句・26句「家尓阿良婆・母刀利美麻志」は「家(いへ)にあらば・母(はは)とりみまし」と訓む。ここの「家(いへ)」は熊凝(くまごり)の家。「尓」「阿良婆」は、23句に同じ。「母(はは)」は熊凝(くまごり)のお母さん。「刀利美」は24句に同じ。「麻志」は、24句の「麻之」と同じく(「し」の表記は異なるが)、反実仮想の助動詞「まし」を表す。「志」(13・18・20句に既出)はシ音の常用音仮名。
 23句・24句と25句・26句は対句をなしている。ここでは父を先に挙げているが、阿蘇『萬葉集全歌講義』は、「父と母を対応語として取り上げる場合、母を先にあげるのが古い表現。」であるとして、3295・3312・3880番歌の例を挙げている。
 27句・28句「世間波・迦久乃尾奈良志」は「世間(よのなか)は・かくのみならし」と訓む。27句は、442番歌1句の「世間者」やその仮名書きである819番歌1句の「余能奈可波」などと同句。「世間」は、音読み「せけん」、訓読み「よのなか」で、「この世。世の中。」の意。「波」はハ音の常用音仮名(平仮名の字源)で、係助詞「は」。「迦久」は、副詞「かく」で「このように」の意。「迦」はカ音の音仮名、「久」(6・16・17・22句に既出)はク音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)。「乃尾」は、限定を表わす副助詞「のみ」。「乃」(6・13・15・16句に既出)はノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、「尾」(16句に既出)はミ(乙類)音の音仮名。「奈良志」は、「ならし」で推量的な断定を表わす。断定の助動詞「なり」に推量の助動詞「らし」の付いた「なるらし」が約まったもの。「奈」(4・22句に既出)はナ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、「良」(5・12・22・23・25句に既出)はラ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、「志」(13・18・20・26句に既出)はシ音の常用音仮名。
 なお、27句・28句「世間波・迦久乃尾奈良志」は、同じ山上憶良作の804番歌の25句・26句の異伝にも「余乃奈可伴・可久乃未奈良之」の表記で既出だが、これを家持は「世間者・如此耳奈良之」(478番歌21句・22句)の表記でそっくり使用している。
 29句・30句「伊奴時母能・道尓布斯弖夜」は「いぬじもの・道(みち)にふしてや」と訓む。「伊」(9・14・20句に既出)はイ音の常用音仮名(片仮名の字源)、「奴」(5句に既出)はヌ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、「伊奴」は「いぬ(犬)」。「時母能」は、19句の「自母能」と同じく、接尾語「じもの」を表し、「…のようなもの。…のように。」の意。「時」はジ音の音仮名、「母」(9・11・19句に既出)「能」(2・19句に既出)は、モ音・ノ(乙類)音の常用音仮名。ここの「道(みち)」は16句と同じく、肥後国から奈良の都に向かう道をいう。「尓」(16・23・25句に既出)はニ音の常用音仮名で、場所を示す格助詞「に」。「布」(20・22句に既出)「斯」(3・5・9・14句に既出)は、フ音・シ音の常用音仮名で、「布斯」は、サ行四段活用の自動詞「ふす(伏す)」の連用形「ふし」。「ふす」は「横になる。横たわる。倒れる。寝る。また、病気などで寝こむ。」ことをいう。「弖」(8句に既出)はテ音の常用音仮名で、接続助詞「て」。「夜」はヤ音の常用音仮名で、詠嘆の意の強い疑問を表す係助詞「や」。 
 31句「伊能知周疑南」は「いのちすぎなむ」と訓む。「伊」(9・14・20・29句に既出)はイ音の常用音仮名(片仮名の字源)、「能」(2・19・29句に既出)はノ(乙類)音の常用音仮名、「知」(1・3・20句に既出)はチ音の常用音仮名(平仮名の字源)。「伊能知」は、804番歌56句と同じく「いのち(命)」を表す。「周疑南」は、884番歌4句「須疑南」とス音の表記は違うが同じで、ガ行上二段活用の自動詞「すぐ(過ぐ)」の連用形「すぎ」+完了の助動詞「ぬ」の未然形「な」+推量の助動詞「む」=「すぎなむ」を表す。「周」はス音の音仮名、「疑」(8句に既出)はギ(乙類)音の常用音仮名、「南」はナム音を表す二合仮名。「命過ぐ」は「命が終わる」意。
 異伝の[一云 和何余須疑奈牟] は [一に云(い)ふ わがよすぎなむ]と訓む。「和」はワ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で自称の「わ(我)」。「何」(4・13句に既出)はガ音の音仮名で、連体助詞「が」。「余」はヨ(乙類)音の常用音仮名で、「よ(世)」。「わがよ(我が世)」は「自分の人生」の意。「須疑」は、8句に既出で、ガ行上二段活用の自動詞「すぐ(過ぐ)」の連用形「すぎ」。「奈」(4・22・28句に既出)はナ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、完了の助動詞「ぬ」の未然形「な」を表す。「牟」はム音の常用音仮名(片仮名の字源)で、推量の助動詞「む」を表す。「我が世過ぎなむ」は、「私の人生は終わってしまうのだろうか」の意
 886番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。なお漢字仮名交じり文においては、原文で正訓字のものにはルビを振り、原文で仮名書きのものは仮名の下に(漢字表記)を付した。

 うちひさす 宮(みや)へのぼる(上る)と
 たらちしや はは(母)が手(て)はなれ(離れ)
 常(つね)しら(知ら)ぬ 国(くに)のおくか(奥処)を
 百重山(ももへやま) 越(こ)えてすぎ(過ぎ)ゆき(行き)
 いつしかも 京師(みやこ)をみ(見)むと
 おもひ(思ひ)つつ かたらひ(語らひ)をれ(居れ)ど
 おのが身(み)し いたはしければ
 玉桙(たまほこ)の 道(みち)のくまみ(隈廻)に
 くさ(草)たをり(手折り) しば(柴)とり(取り)しき(敷き)て
 とこ(床)じもの うちこいふし(臥い伏し)て
 おもひ(思ひ)つつ なげき(嘆き)ふせ(伏せ)らく 
 国(くに)にあらば 父(ちち)とりみ(見)まし
 家(いへ)にあらば 母(はは)とりみ(見)まし 
 世間(よのなか)は かくのみならし
 いぬ(犬)じもの 道(みち)にふし(伏し)てや
 いのち(命)すぎ(過ぎ)なむ 
  [一云 わがよ(我が世)すぎ(過ぎ)なむ]

 (うちひさす) 都へ上るというので
 (たらちしや) 母の手許を離れて
 行き馴れぬ 他国の辺鄙な所を 
 幾重もの山々を 越えて通り過ぎて
 いつになったら 都が見られるかと 
 思いながら 語り合っていたが
 わが身が 病気になったので
 (玉桙の)  道の曲り角に
 草を手折り 柴を取って敷いて
 寝床のようにして 身を横たえて
 嘆きふしつつ 思うことには
 国にいたら 父が看病して下さるだろう 
 家にいたら 母が看病して下さるだろう
 世の中というものは このようにはかないものであるらしい
 まるで犬のように 道に倒れ臥して
 命が終わるのか
 [また云う、私の一生は終わるのか]
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 16:07| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月14日

『万葉集』を訓(よ)む(その1182)

今回は、山上憶良作「熊凝(くまごり)の為に其の志を述ぶる歌」六首の一首目である886番歌の17句からを訓む。
 17句・18句「久佐太袁利・志婆刀利志伎提」は「くさたをり・しばとりしきて」と訓む。「久」(6句・16句に既出)はク音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、「佐」(1句に既出)はサ音の常用音仮名で、「久佐」は「くさ(草)」。「太」はタ音の常用音仮名(平仮名の字源)、「袁」(6句に既出)はヲ音の準常用音仮名、「利」はリ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)。「太袁利」は、ラ行四段活用の他動詞「たをる(手折る)」の連用形「たをり」を表す。「たをる」は「手で折る。折り取る。また、折り取って持つ。」ことをいう。「志」(13句に既出)はシ音の常用音仮名、「婆」(14句に既出)はバ音の常用音仮名で、「志婆」は「しば(柴)」。「しば」は「山野に生える小さい雑木。また、それを切って、薪にしたり、垣根を作ったりするもの。」をいう。「刀」はト(甲類)音の常用音仮名、「利」(前句に既出)はリ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、「刀利」は、ラ行四段活用の他動詞「とる(取る)」の連用形「とり」。「伎」(8句に既出)はキ(甲類)音の常用音仮名で、「志伎」は、カ行四段活用の他動詞「しく(敷く)」の連用形「しき」。「とりしく(取り敷く)」を複合動詞と見ることもできるが、その場合は「とり」は接頭語と見なされ、意味としては「しく」の方に重きが置かれることになる。ここでは「とる」の意味合いを残すのがよい。「提」はテ音の準常用音仮名で、接続助詞「て」。
 19句・20句「等許自母能・宇知許伊布志提」は「とこじもの・うちこいふして」と訓む。「等」(2句・10句に既出)はト(乙類)音の常用音仮名、「許」はコ(乙類)音の常用音仮名で、「等許」は「とこ(床)」。「自」「母」(9句・11句に既出)「能」は、各々、ジ音・モ音・ノ(乙類)音の常用音仮名で、「自母能」は、接尾語「じもの」(481番歌他に既出)を表し、「…のようなもの。…のように。」の意。「宇」(1句に既出)はウ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、「知」(1・3句に既出)はチ音の常用音仮名(平仮名の字源)で、「宇知」で以って、接頭語「うち」を表す。「うち」は、動詞の上に置いて意味を強めたり語調を整えたりする。「許」は前句に既出、「伊」(9句・14句に既出)はイ音の常用音仮名(片仮名の字源)で、「許伊」は、ヤ行上二段活用の自動詞「こゆ(臥ゆ)」の連用形「こい」。「布」「志」(13句・18句に既出)は、それぞれ、フ音・シ音の常用音仮名で、「布志」で以って、サ行四段活用の自動詞「ふす(伏す)」の連用形「ふし」を表す。「こいふす(臥い伏す)」は、は、複合動詞(サ行四段活用の自動詞)で、「横になる。ころがり寝る。また、もだえ伏す。」ことをいう。「提」は18句に同じで、接続助詞「て」。
 なお、19句は、写本に「等計自母能」とあるのを、契沖『萬葉代匠記』が「等許自母能」に改めたもので、これについて澤潟『萬葉集注釋』は次のように述べている。

床じもの ー 原文「等計自母能」とあつて、仙覺抄に「シモノトケタルヲ、トケシモトイフ。」といひ、解け霜の意としたが、代匠記に「床」の「許」を「計」に誤つたのか、と云つたに從ふべきであらう。佐佐木博士も疑はれてをり、橋本四郎君(「上代の形容詞語尾ジについて」萬葉第十五號、昭和卅年四月)も云はれてゐるやうに「解け」の下「け」は下二段の連用形であるから乙類の假名であるべきが甲類の「計」では不適當であり、「許」(乙)であれば「床」の用字として適當であり、「許」と「計」との誤字例はすぐそば ー この下の「許(コ)い」が紀州本に「計」に誤つてをり、この上の「いたはし計れば」が細井本、無點本に「許」となり、前の「計(ケ)ふ」(八八四)が、細井本と版本に「許」となつてゐるなど − いくつもあるのでこの誤字は十分に認められる。即ち「床じもの」で、その「じもの」はやはり橋本君の述べられてゐるやうに「鴨じもの」(一・五〇)、「鹿じもの」(二・一九六)などと同じで、床そのものではないが、床のやうに、の意。

 21句・22句「意母比都々・奈宜伎布勢良久」は「おもひつつ・なげきふせらく」と訓む。21句は11句と同句で、「意母比」は、ハ行四段活用の他動詞「おもふ(思ふ)」の連用形「おもひ」を表し、「都々」は、同じ動作の反復や継続を表わす接続助詞「つつ」を表す。「奈」(4句に既出)はナ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)、「宜」はゲ(乙類)音の準常用音仮名、「伎」(8句・18句に既出)はキ(甲類)音の常用音仮名で、「奈宜伎」は、カ行四段活用の自動詞「なげく(嘆く)」の連用形「なげき」を表す。「布」(20句に既出)「勢」「良」(5句・12句に既出)「久」(6句・16句・17句に既出)は、各々、フ音・セ音・ラ音・ク音の常用音仮名で、「良」「久」は片仮名・平仮名の字源。「布勢良久」は、サ行四段活用の自動詞「ふす(伏す)」の已然形(音韻上は命令形)の「ふせ」+完了の助動詞「り」 の連体形「る」+形式体言「あく」=「ふせるあく」の約まった「ふせらく」を表す。「思ひつつ嘆き伏せらく」は「嘆き伏しつつ思うには」の意。
 23句以降は、次回に続く。
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 11:19| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする