2018年03月21日

『万葉集』を訓(よ)む(その1255)

 今回は、926番歌の9句からを訓む。
 9句・10句「朝獦尓・十六履起之」は「朝獦(あさかり)〔狩〕に・しし履(ふ)〔踏〕み起(おこ)し」と訓む。「獦」は「かり〔狩〕」と訓み、「朝獦(あさかり)」は「朝早く狩猟をすること」をいう。「尓」はニ音の常用音仮名で、格助詞「に」。「十六」(239・379番歌に既出)は、九九(くく)の四四(しし)=十六(じゆうろく)から、「しし」に宛てた戯書。「しし」は食肉として用いる獣の総称で、特に、鹿又は猪をいい、これらを区別する場合には、それぞれ「かのしし」「ゐのしし」といった。「履起之」は、サ行四段活用の他動詞「ふみおこす」の連用形「履(ふ)〔踏〕み起(おこ)し」と訓む。「之」はシ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、「ふみおこす」の連用形活用語尾「し」を明示したもの。「ふみおこす」は、「地面を踏んで鳥獣などを驚かす。鳥獣を狩りたてる。」ことをいう。
 11句・12句「夕狩尓・十里蹋立」は「夕狩(ゆふかり)に・とり蹋(ふ)〔踏〕み立(た)て」と訓む。「夕狩(ゆふかり)」は「夕方に狩猟をすること」をいう。「尓」は9句に同じで、格助詞「に」。「十」は「と(乙類)」の訓仮名、「里」はリ音の常用音仮名で、「十里」は「とり(鳥)」。「蹋立」は、タ行下二段活用の他動詞「ふみたつ」の連用形「蹋(ふ)〔踏〕み立(た)て」と訓む。「ふみたつ」は、「地面を強く踏んで、飛び立たせる。鳥や獣を駆り立てる。」ことをいう。
 阿蘇『萬葉集全歌講義』は、9句・10句と11句・12句について、次のように注している。

朝狩に鹿猪(しし)踏み起し 夕狩に鳥踏み立て 二句と二句の対句(二句対)。「踏み起し」は、山野に踏み込んで、中にいる獣を起す意。「踏み立て」は、山野に踏み込んで、中にいる鳥を飛び立たせる意。「鹿猪(しし)」の原文「十六」は、九九算の四四、十六から、シシの音をあらわすために用いた戯書。巻三・二三九、三七九に、既出。

 13句・14句「馬並而・御獦曽立為」は「馬(うま)並(な)めて・御獦(みかり)〔狩〕そ立(た)たす」と訓む。13句は、239番歌5句と同句。また、4番歌3句の「馬數而」や49番歌3句の「馬副而」とも表記は異なるが同句。「馬(うま)並(な)めて」と訓み、「馬を並べて」の意。「並」はマ行下二段活用の他動詞「なむ」の連用形で「並(な)め」。「なむ」は「ならべる。つらねる。」ことをいう。「數」「副」を「なむ」と訓むのは義訓(4番歌・49番歌のところで説明済み)。「御獦(みかり)」は、天皇や皇子などが「かり〔狩〕をすること」を敬って言ったもの。「曽」はソ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、強く指示・指定する意を表わす係助詞「そ」。「立為」は、タ行四段活用の自動詞「たつ」の未然形「立(た)た」+尊敬の助動詞「す」(「す」の訓仮名「為」で表記)=「立(た)たす」。
 15句「春之茂野尓」は「春(はる)の茂野(しげの)に」と訓む。「春(はる)」は四季の一つ。現在では三、四、五月、旧暦では一、二、三月をいう。天文学的には春分から夏至の前日までをいい、二十四節気では立春から立夏の前日までをいう。「之」は漢文の助字で、連体助詞「の」。「茂野(しげの)」は「草木の茂った野」の意。「尓」は9句・11句に既出で、格助詞「に」。
 926番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  安見知(やすみし)し わご大王(おほきみ)は
  み吉野(よしの)の 飽津(あきづ)〔秋津〕の小野(をの)の
  野(の)の上(へ)には 跡見(とみ)居(す)〔据〕ゑ置(お)きて
  御山(みやま)には 射目(いめ)立(た)て渡(わた)し
  朝獦(あさかり)〔狩〕に しし履(ふ)〔踏〕み起(おこ)し
  夕狩(ゆふかり)に とり蹋(ふ)〔踏〕み立(た)て
  馬(うま)並(な)めて 御獦(みかり)〔狩〕そ立(た)たす
  春(はる)の茂野(しげの)に

  (やすみしし) わが大君は
  吉野の 秋津の小野の
  野のあたりには 跡見を配置し
  山には 射目を一面に立てて
  朝狩には 踏みこんで獣どもを追い立て
  夕狩には 踏みこんで鳥たちを飛び立たせ
  馬を並べて 狩にお出ましになる
  春の草木の茂る野に
ラベル:万葉集
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2018年03月19日

『万葉集』を訓(よ)む(その1254)

 今回は、926番歌を訓む。山部赤人「吉野讃歌」の長歌二首目である。
 写本の異同は、14句二字目<獦>。『西本願寺本』には「狩」とあるが、『元暦校本』『類聚古集』などに「獦」とあるのを採る。原文は次の通り。

  安見知之 和期大王波
  見吉野乃 飽津之小野笶
  野上者 跡見居置而 
  御山者 射目立渡 
  朝獦尓 十六履起之 
  夕狩尓 十里蹋立 
  馬並而 御<獦>曽立為
  春之茂野尓

 1句・2句「安見知之・和期大王波」は「安見知(やすみし)し・わご大王(おほきみ)は」と訓む。1句は、917番歌1句他と同句。「やすみしし」は、「我が大君」にかかる枕詞で、「安見知」は「安らかに知ろしめす」という意を込めた用字である。山部赤人「吉野讃歌」の長歌一首目の923番歌1句も同じ「やすみしし」であったが、そちらは「八方を統べ治める」という意を込めた「八隅知之」の表記を用いていた。「和期大王」は、917・923番歌にも既出。「和」はワ音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、「期」はゴ(乙類)音の常用音仮名。「和期」は、自称「わ(我)」に連体助詞「が」と続いて「わが」となるところを、その連体助詞ガが下のオホという二つのO母音に引かれてゴとなったのを発音表記式に「わご」と書いたもの。「大王(おほきみ)」は、今は「大君」と表記されるのが一般的で、天皇あるいはその子孫を尊敬して言う。ここは聖武天皇をさす。「波」はハ音の常用音仮名(平仮名の字源)で、係助詞「は」。
 3句・4句「見吉野乃・飽津之小野笶」は「み吉野(よしの)の・飽津(あきづ)〔秋津〕の小野(をの)の」と訓む。3句は、74番歌1句と同句で、直近では、924番歌1句とも「み」の表記は異なるが同句。「見」は訓仮名で、美称の接頭語「み」を表わす。地名に美称の「み」を冠するのは、古代では「吉野」「熊野」「越」に限られ、いずれも、格別の異境と意識され、霊威の地と見なされていた。なかでも「吉野」は、古くから大和朝廷の聖地とされた。「乃」は、ノ(乙類)音の常用音仮名(片仮名・平仮名の字源)で、連体助詞「の」を表わす。「飽津」は、「秋津」(911番歌他に既出)に同じく地名の「あきづ」で、奈良県吉野郡吉野町宮滝付近から対岸の同町御園にかけての地をいう。「之」は漢文の助字で、連体助詞「の」。「小野」(420番歌に既出)は、普通名詞で「をの」。「を」は接頭語で「野。野原。」の意。「笶」は「の(乙類)」の常用訓仮名で、連体助詞「の」。
 5句・6句「野上者・跡見居置而」は「野(の)の上(へ)には・跡見(とみ)居(す)〔据〕ゑ置(お)きて」と訓む。「野上」は、「野(の)の上(へ)」と訓み、「野のあたり」の意。ここは下に場所を示す格助詞「に」を補読する。「者」は漢文の助字で、係助詞「は」。「跡見(とみ)」は、「狩猟の時、鳥獣の通った跡を見て、その行方、居場所を考えること。また、その人。」をいう。「居置」は、カ行四段活用の他動詞「すゑおく」の連用形「居(す)〔据〕ゑ置(お)き」。「すゑおく」は、「人や物をある一定の位置や場所に置いたり居させたりする」ことをいう。「而」は漢文の助字で、接続助詞「て」。
 7句・8句「御山者・射目立渡」は「御山(みやま)には・射目(いめ)立(た)て渡(わた)し」と訓む。「御山(みやま)」は、山を敬い、褒め称えていう語で、ここは吉野の山をさす。ここも5句と同様、下に場所を示す格助詞「に」を補読する。「者」も5句に同じで、係助詞「は」。「射目(いめ)」は、「狩りで獲物を待ちぶせて射るために、身を隠しておく所」で、狩人が身を隠すための設備をもいう。「立渡」は、サ行四段活用の他動詞「たてわたす」の連用形で「立(た)て渡(わた)し」。「たてわたす」は、「ここかしこに立てる。一面に立てる。立てつらねる。」の意。
 9句以降は、次回に続く。
ラベル:万葉集
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2018年03月16日

『万葉集』を訓(よ)む(その1253)

 今回は、925番歌を訓む。前歌に続いて、923番歌の反歌の二首目である。
 写本に異同はなく、原文は次の通り。

  烏玉之 夜之深去者 
  久木生留 清河原尓
  知鳥數鳴

 1句「烏玉之」は「烏玉(ぬばたま)の」と訓む。「烏玉(ぬばたま)」は、「檜扇の実」をいい、「檜扇」の古名が「烏扇」であることから、「烏玉」の字があてられたもの。「之」は漢文の助字で、連体助詞「の」。「ぬばたまの」は枕詞として、今までも、「奴婆珠能」(89番歌)、「夜干玉之」(525・702番歌)、「夜干玉乃」(619番歌)、「夜干玉能」(639番歌)、「野干玉之」(723番歌)、「野干玉能」(781番歌)、「奴婆多麻能」(807番歌)などの表記で既出。枕詞「ぬばたまの」は、ぬばたまの実が黒いところから、黒色やそれに関連した語、例えば「黒駒」「黒馬」「黒髪」や「夜」に関する語などにかかるが、ここでは次の「夜(よ)」にかかる。
 2句「夜之深去者」は「夜(よ)の深(ふ)け去(ゆ)けば」と訓む。「夜」は「よ」とも「よる」とも訓むが、ここは「よ」。「之」は1句にも既出だが、ここは格助詞「の」。「深去」は、カ行四段活用の自動詞「ふけゆく」の已然形で「深(ふ)け去(ゆ)け」。「ふけゆく」は、「夜が深くなっていく。夜中に近づいていく。」ことをいう。「者」は、順接の確定条件を表わす接続助詞の「ば」に用いたもの。
 3句「久木生留」は「久木(ひさき)生(お)ふる」と訓む。「久木(ひさき)」は木の名で、阿蘇『萬葉集全歌講義』の注に「たかとうだい科のアカメガシワ。落葉高木。山地に自生。芽は赤く、夏に、淡い黄色の花を咲かせる。」とある。「生留」は、791番歌他に既出の「生流」と同じく、ハ行上二段活用の自動詞「おふ」の連体形で「生(お)ふる」と訓む。連体形であることを明示するために、活用語尾「る」を、ここではル音の常用音仮名(平仮名の字源)の「留」で表記したもの。「おふ」は「(草木・毛などが)はえる。生じる。」ことをいう。
 4句「清河原尓」は「清(きよ)き河原(かはら)に」と訓む。「清」はク活用形容詞「きよし」の連体形「清(きよ)き」と訓み、次の「河原(かはら)」を修飾する。「きよし」は、「けがれやよごれがなく、美しいさま。」「さわやかで、気持ちのよいさま。」をいう。「河原(かはら)」は、「川辺の水がかれて、砂、小石の多い平地。川沿いの平地。」のことで、ここは吉野川の河原をいう。「尓」はニ音の常用音仮名で、場所を示す格助詞「に」。
 5句「知鳥數鳴」は「ち鳥(どり)數(しば)鳴(な)く」と訓む。この句は、920番歌8句「千鳥數鳴」と「ちどり」の「ち」の表記が異るだけで、同句。「知」はチ音の常用音仮名 (平仮名の字源)で、「知鳥」は「ち鳥(どり)〔千鳥〕」、多数で群をなして飛ぶところから呼ばれたもので、チドリ科の鳥の総称。「數」は、17番歌の11句の「數々毛[數々(しばしば)も]」と同じく「數(しば)」と訓み、「たびたび。しきりに。幾度も。」の意。「鳴」は、カ行四段活用の自動詞「なく」の終止形「鳴(な)く」。
 925番歌の漢字仮名交じり文と口訳を示すと、次の通り。

  烏玉(ぬばたま)の 夜(よ)の深(ふ)け去(ゆ)けば
  久木(ひさき)生(お)ふる 清(きよ)き河原(かはら)に 
  ち鳥(どり)數(しば)鳴(な)く

  (ぬば玉の) 夜が更けて行くと
  久木の生えている 清らかな川原で 
  千鳥がしきりに鳴いている
ラベル:万葉集
posted by 河童老 at 15:20| Comment(0) | 小説/文学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする